米国での暮らしとコロナ
~Global Health専門家からの報告~
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界中の人々の日常生活に大きな影響を与えています。そこで、株式会社コスモ・ピーアール(以下、COSMO)は11月5日にCOSMOオンラインセミナーを開催し、保健医療経済を専門とする米シンクタンクのThinkWell Globalでマネージングディレクターとして活躍中であり、COSMO社外取締役の穂積大陸氏を講演者に迎え、米国在住の一般市民の視点で、新型コロナウイルス感染症が米国の人々の暮らしに与えた影響やその対策についてリアルな状況を配信しました。
また、新型コロナウイルス感染予防ワクチンを世界に供給する枠組みであるCOVAXファシリティの現状と問題点、mRNAワクチンの今後など、ポストコロナ、ウイズコロナの時代を考えるにあたり、示唆に富む内容となりました。
穂積氏は、順天堂大学医学部を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校で公衆衛生修士号(MPH)、マサチューセッツ工科大学で経営学修士号(MSM)を取得後、これまで20年にわたり、パキスタン、ザンビア、マラウイ、ケニア、ガーナなど20ヶ国以上で保健医療政策プロジェクトに携わってきました。なお、穂積氏の略歴の詳細につきましては、こちらをご覧ください。
以下、講演の要旨をご紹介いたします。
<講演のポイント>
1.新型コロナが米国に与えた影響
▷ロックダウンで、今までオフィスで行っていた全ての仕事がリモートとなり、「どこで仕事をするのか、仕事に何を求めるのか」など、人々の仕事に対する考えが変わった。ロックダウンが解除されても職場に復帰しない人も現れ、「仕事はあるのに働き手がいない」という現象が起きるなど、雇用市場にも大きな変化が起きている。(※1)
▷新型コロナの影響で、大型スーパーの食料供給ルートがストップし、「地産地消」型の生活を余儀なくされた人も多い。食料品の値上げは生活費の上昇に結びつくなど、貧困による格差の拡大につながることが懸念される。
▷連邦政府による「ワクチン・マンデート(接種義務化)」に対して、いくつかの州知事が義務化を禁止するなど、政治問題化している。一定数のワクチン反対者が出るのはやむを得ないことだが、この問題で、さらに社会の分断が進むのではないか。
▷新型コロナが米国での人々の暮らしに与えた影響から、日本でも予想される事柄は何か。
2.COVAXファシリティの現状と課題
▷世界的なパンデミックを収束させるためには、COVAXファシリティ(※2)の取り組みを通じて、途上国などにもワクチンを公平に分配することが極めて重要。
▷途上国に届けるだけでなく、国内での配送、保管、接種に至るまで、支援の手を差し伸べていく必要があることを認識して欲しい。
3.mRNAワクチンの今後
▷mRNAワクチンを活用して、汎用タイプのインフルエンザワクチン、がんの原因となりうる変容した遺伝子をアタックする治療薬、マラリアやHIVの予防薬が開発されている。
▷実現すれば素晴らしいことだが、一体誰がその新薬にアクセスできるのかを巡って、新たな社会問題が起きる可能性もある。
1.新型コロナが米国の人々に与えた影響
新型コロナウイルスの感染拡大によって、米国での生活にどのような影響が起きたのか。大きく3つご紹介します。まずは、人々の働き方に対する考え方が大きく変わりました。そして「仕事はあるのに働き手がいない」という現象が起きています。二つ目は、食料供給の脆弱性が明らかになり、生活費にも影響が出ています。三つ目に、連邦政府のワクチン・マンデート(接種義務化)を巡って各州で問題が起きています。
価値観が変化し、働き方を見直す人が増加
昨年3月にロックダウンが発動されると、オフィスで働いていた人たちは一斉に職場に入れなくなってしまい、全ての仕事がリモートになりました。すると何が起きたかと言うと、自分が住みたい場所に引っ越す人たちが現れました。例えば、ノースカロライナからオハイオやテキサスに引っ越し、好きな場所から仕事をするようになったのです。そして、ワクチン接種が始まりロックダウンが解除されても、もう元のオフィスには帰って来たくないという人たちが増えました。どこで仕事をするのがよいのか、新型コロナの感染拡大を機に人々が考え直すようになったという訳です。これからオフィスを再開して、いかにして人々に戻って来てもらうのか、経営者の間では深刻な問題になっています。(※1)
リモートになって、家族との関係も変わりました。まず、子供をどこに預けるのかという問題です。子供を預けられないので、家で子供の世話をする人が増えました。リモートになればオフィスへの往復の通勤時間が不要になり、時間の余裕が生まれるはずでしたが、Zoomでの会議が多くなったり提出する書類が増えたりで仕事の量は減らず、疲れがたまったり、精神的なプレッシャーを感じたりする人も出てきました。一方で、家族と一緒に過ごすことの大切さ、家族の大切さがわかったという人が、ある調査では40%に達したと報告されています。
将来のことよりも今の健康を大事にしたいと考えて仕事を辞める人、新型コロナを機に自分探しを始め会社を辞める人も増えました。レストランで働いていた人が戻って来なくて営業ができなくなったという話や、例えば一部のマクドナルドでは時給が20ドルに跳ね上がったという話も聞きます。オフィスが再開し、これまで1年半の間、リモートで仕事をしてきた人たちは、オフィスへの出勤は毎日ではなく週に2~3日という体制が一般的になるような感じがしています。このように、新型コロナによって、「どこで働くのか、仕事に何を求めるのか」など、人々の仕事に対する考え方が変わったことで、「仕事はあるのに、働く人がいない」という現象が起きるなど、雇用市場に大きな変化が起きています。
脆弱な食料供給体制、生活費にも深刻な影響
次に、日常生活に密接に関係する食料供給体制の問題です。
米国では新型コロナ以前、ウォルマートなど大手のスーパーマーケットチェーンに食料供給を依存していましたが、新型コロナの影響でその物流を担うトラックの運転手がいない、港湾が閉鎖されて荷揚げができないなどの問題が発生したため、地元のファーマーズマーケットのような、いわば「地産地消」型のビジネスモデルに頼らざるを得なくなった人たちが増えており、食料供給体制の重要性が注目されています。
また、食料品は値上がりし、生活費にも影響が出ています。例えば500ミリリットル24本入りのミネラルウォーターが11ドルで売られていたのですが、1週間で14ドルに跳ね上がり、驚きました。物価の上昇はその後も収束しておらず、貧困層に特に深刻な影響を与えています。政府はコロナ対策の補助金として早いタイミングで1,200ドルの支給を行い、失職者には失業保険に加えて生活保護費を上乗せするなどの対策を打ち出しました。
また、アパートの家賃を滞納しても追い出せなくする、モラトリアムのガイドラインが出されましたが、これも期限があり終了後に立ち退きを余儀なくされ、益々貧困による格差が拡大するということになってしまいます。米国では毎年、翌年に向けて経営者がコスト・オブ・リビングのアジャストメント(生活費調整)について話し合うのですが、今年は経営側がどの程度の上乗せに応じることが出来るのか、関心が高まっています。
「ワクチン・マンデート」で社会の分断が広がる?
新型コロナに関連した米国での最近の話題は、何といってもワクチン・マンデート(接種義務化)の問題です。米国では当初、ワクチン接種がかなりのスピードで進んだのですが、現在の接種完了した人の割合は58%くらい(当オンラインセミナー開催時点)のところで停滞しており、伸びていません。それでも、ほとんどの人がマスクをしていません。テキサス州のヒューストンを例に挙げますと、マスクをしている人は街中では見かけません。
極端な例ですが、場所によっては、「マスクをしている人はお断り」という看板を出すレストランもあるくらいです。飛行機内でのマスク着用を巡るトラブルも多いですね。ワクチンに対する考え方も両極端に分かれており、接種率が伸びない大きな要因になっているのですが、そんな状況下で連邦政府がワクチン・マンデート(接種義務)を発令したことで、この問題は非常にポリティカルな問題になっています。
政府系の公的な仕事に関わっている人や、ほとんどの大学関係者などは、宗教上や健康上の理由がない限り、1月4日(当オンラインセミナー開催時点)までに、ワクチン接種証明書を提出しなければなりません。各州でもワクチン・マンデートを進めているのですが、これに従わない人たちが出てきました。
例えば、カリフォルニア州ロサンゼルス・カウンティ―のシェリフ(保安官)のトップは、「ロサンゼルス・カウンティ―の保安官には接種を義務付けない」と発言しています。理由は、保安官が毎年10%程度辞めていくが、新型コロナで辞めていく人が増えており、ワクチン接種義務化でさらにその数が増えるのを避けたいというのです。
連邦政府のガイドラインによれば、従業員100人以上の企業に対し、ワクチン接種を義務付けるか、毎週の検査をしなければならないのですが、これに対してテキサス州やフロリダ州では、州知事の権限で義務化を禁止しています。米政権と州がワクチン接種義務に対して攻防を激化させているため、飛行機のパイロットや州をまたいでビジネスをする人たちは、一体どこのルールに従えばよいのか迷ってしまいます。
このように、ワクチン・マンデートは社会問題化しており、これを巡って、社会全体の分断が拡大するなど、ピリピリした緊張感に覆われているように感じています。今後は、ワクチンで新型コロナ感染を防ぐ人と、ワクチンを拒否して新型コロナに感染し、免疫を獲得してサバイブする人に、大きく二分されていくのではないでしょうか。
日本への波及を警戒すべき点はないか?
ここまでは、新型コロナが米国での人々の暮らしに与えている影響をお話してきましたが、これらが日本に波及したり、日本の人々の暮らしに影響を与えたりすることがないのか、5点ほど申し上げたいと思います。
まず、食料を誰が供給するかという問題。日本ではコンビニが普及しており大変便利で、お昼ご飯などにも簡単にアクセスできるなど、米国とは事情が異なる点もありますが、感染症が拡大すれば、食料供給を誰が担うのかという問題が日本でも出てくるかもしれません。
次に、海外からの日本への入国者の隔離措置や行動制限の問題。日本では、これがあるために気軽に海外出張に出掛けられないという人が増えていると思います。今後、感染症対策との関連で、どのように対処していくべきなのか、問われると思います。
さらに、米国で一時流行った「新型コロナ陰謀論」。日本では今になってこの話を持ち出して、騒いでいる人たちがいるようで、驚かされます。しっかりと情報をマネージしていく必要があるでしょう。
そして、先ほども申し上げた「ワクチン・マンデート(接種義務)」の問題。米国では、看護師や医師、パイロットなど、本来であれば感染防止に協力的な人たちの間でも、一定数のワクチン反対論者がいます。新しい製造方法によるワクチンであること、開発を急ぎ、承認も急ぐなど、一連のプロセスに不安があること、長期の副反応が確認されていないなど、新しいワクチンに対して信頼が持てない、心配だといういくつかの理由が挙げられていますので、日本でもこれから問題となってくる可能性はあるでしょう。
最後に、ヘイトクライムの問題。米国では新型コロナを発端に、アジア系住民に対する偏見に根差した憎悪犯罪が相次ぎました。日本でも、新型コロナにこじつけた人種・国籍差別のようなことが起きないか、警戒すべきだと思います。
2.COVAXファシリティの現状と課題
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンを複数国で共同購入し、途上国などにも公平に分配するための国際的な枠組みであるCOVAXファシリティの現状について、少しお話させていただきます。
低所得国に限っては新型コロナワクチン接種率は僅か3.9%
現在、世界の新型コロナワクチン接種率(少なくとも1回接種)は50%程度(当オンラインセミナー開催時点)となっていますが、低所得国に限ってみると、僅か3.9%に過ぎません。これらの国でのワクチン接種が進まない限り、世界的なパンデミックは収束しない訳ですから、このCOVAXファシリティの取り組みによる新型コロナワクチンの調達システムは大変重要な意味をもっています。
国によっては配送、保管、接種に至るまでサポートが必要
COVAXファシリティに対しては現在までに63億ドルのコミットが各国や大型の財団などから寄せられていますが、さらに30億ドル、合わせて100億ドルが必要だとされています。このように資金が集まりつつある中で、未だにワクチンが途上国に上手く回っていないのはなぜなのでしょうか?
最大のワクチン製薬企業があるインドで新型コロナウイルスの変異株が蔓延したため、インド政府がワクチン輸出を禁止したことが要因の一つと言われていますが、その他にも要因はあります。例えば、ワクチンは各国の港湾、空港までは運ばれるのですが、そこから先の国内での配送は各国で行うことになっています。
ところが、新型コロナウイルスのワクチンは低温輸送、低温保存が必要であり、保管のための冷蔵庫も大量に必要になります。実は、このあたりにまでサポートや補助が行き届いていないという問題があるのです。パンデミックを収束させるための国際的な枠組み作りは大切ですが、今後の課題として、実際にワクチン接種が実施されるところにまで手を差し伸べていく必要があるということを、是非認識していただきたいと思います。
3.mRNAワクチンは今後どのように使われるのか
新型コロナウイルス感染予防ワクチンはmRNAワクチンと呼ばれる新しい仕組み(※3)のワクチンです。その仕組みについては、専門家の皆さんのご説明を参考にしていただきたいと思いますが、ここでは、この新しいタイプのワクチンが、将来どのように使われるようになるのか、米国で最近話題になっていることをいくつかご紹介します。
汎用タイプのワクチンへの期待
まず、mRNAワクチンをインフルエンザワクチンに応用することで、現在のように毎年の流行に合わせたワクチンではなく、汎用タイプのワクチンが出来るのではないかと言われています。がん治療についてもmRNAワクチンを用いて、がんの原因となりうる変容した遺伝子をアタックすることができるようになるのではないかという話もあります。さらに、未だに有効なワクチンがないマラリア、HIVなどに対してもmRNAの仕組みを使ったワクチンが作られ、予防薬として使用することが考えられており、いくつかはかなり研究が進展しているのではないか、と言われています。
新薬へのアクセスを巡って懸念される社会問題
いずれも実現すれば素晴らしいことなのですが、これらは誰でもが自由に使えるという訳ではありません。一体、誰がそのワクチンにアクセスできるのか、どのような条件の下で使えるようになるのか、保険でカバーされるのかなど、その実用化を巡っては新たな社会問題が引き起こされる可能性も含んでいると言えるでしょう。
※1: 大辞職時代
参考URL:“Who is Driving the Great Resignation?” Ian Cook, Harvard Business Review, September 15, 2021
https://hbr.org/2021/09/who-is-driving-the-great-resignation
※2: COVAXファシリティ
参考URL:厚生労働省 COVAXファシリティ(COVID-19 Vaccine Global Access Facility)への参加について
https://www.mhlw.go.jp/content/10501000/000672596.pdf
※3: mRNAワクチンの仕組みについて
参考URL:厚生労働省 新型コロナワクチンQ&A
https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0021.html