ePROで変わるがん診療の治療体験
~実臨床の中でのePRO活用で見えてきたベネフィットと課題~
株式会社コスモ・ピーアール(以下、COSMO)は5月21日、株式会社Welbyと共催で、オンラインセミナー「ePROで変わるがん診療の治療体験 ~実臨床の中でのePRO活用で見えてきたベネフィットと課題~」を開催しました。
セミナーでは冒頭、COSMOの茅島由香シニアアカウントディレクターが、当社が実施したがん患者さんインサイト調査(対象300人、2020年実施)の結果(*)を紹介。「がん治療において患者さんが最も気にするのは治療効果よりもその治療による副作用でした。中でも、婦人科がん患者さんの副作用を気にする割合は、がん種全体の平均と比較して10%~30%高く、生活の質(QOL)の維持を彼女たちがいかに大切に考えているかをうかがい知る調査結果でした。本日のセミナーテーマのePRO(電子的な患者報告アウトカム)の診療における活用は、このような不安や困難を抱えるがん患者さんたちが治療を前向きに検討する、継続する支援のひとつになるかもしれません。」と挨拶しました。
(*)COSMO発行の「患者インサイトレポート」がん患者編、婦人科がん編の詳細、購入希望はこちらから
次に、がん患者さん向けのPHR(Personal Health Record)サービスを提供する(株)Welbyの五百川彰仁執行役員が、PHRの仕組みや、患者さん、医療者、製薬メーカーそれぞれにとってのメリット、今後の可能性などを紹介。
その後、実臨床でePROを活用中の相良病院(鹿児島県)腫瘍内科の太良哲彦部長、Oncology領域における最新のePRO研究を進める東京大学大学院の宮路天平特任助教が登壇し、それぞれの立場から講演。最後に、「患者疾患管理におけるデジタルツール活用の課題と可能性」をテーマにパネルディスカッションと質疑応答が行われ、参加者は、ePROの最新情報と今後の課題、デジタルソリューションの将来性について、理解を深めていました。
以下、登壇者2氏による講演のサマリー及び講演要旨をご紹介します。(文中の敬称は省略させていただきました)
なお、当日の講演及びパネルディスカッション、質疑応答の模様は、動画配信(要申込)いたしておりますので、あわせてご案内いたします。
<各講演の抄録>
▷鹿児島市の相良病院は、2020年5月から乳がん患者さん向けにPHRの導入を開始。その背景について、同病院の太良哲彦腫瘍内科部長は、離島やへき地の患者さんに対しては地理的事情によって有害事象発現時の対応が遅れる、治療強度を保てない―などの弊害が生じていたこと、さらにコロナ禍で受診控えの懸念があったこと―などから、副作用対策の必要性を感じており、ePRO導入の取り組みを進めたと説明。導入から1年が経過して、患者さんからの評価はおおむね良好で、「病院とつながっている安心感がある」などの声が寄せられている一方、「自分の副作用に当てはまらない質問が多かった」「もっと自分の症状に近いものがあれば、チェックしやすく、伝えやすいのではないか?」などの、意見や要望も寄せられている―との報告があった。
▷Oncology領域最新のePRO研究に取り組む東京大学大学院の宮路天平特任助教は、各国でePROの有用性が注目されていること、患者評価を取り入れることで、症状評価の精度向上を図る必要があるとの研究結果が発表され、ePRO導入の機運が高まったことなど、研究データを用いながら紹介。「実際にePROの使用が進んだことで問題点も顕在化しており、実臨床への実装の際には研究で明らかになった阻害因子、成功因子を踏まえた戦略作りが必要だ」と指摘。また今後の展望として、「ePROは、ePRO単体としてではなく、オンライン診療、mHealth(モバイル・ヘルス)技術、患者ポータルとの組み合わせで発展していくだろう」と述べた。
講演1
「PHRはがん患者さんの疾患管理をどう変革しえるか
~実臨床から見えたセルフマネジメントの可能性~」
太良 哲彦 相良病院腫瘍内科部長 臨床研究センターセンター長
ePRO導入の経緯と背景
相良病院でのePRO導入の取り組みは、2019年、抗がん剤治療中の患者さんの副作用チェックのために、自前で電子版のセルフケアシートを作成したことに始まります。20人の患者さんを対象に、電子版と紙媒体の両媒体に入力し、整合性を評価したところ、一致率は96.9%と高く、媒体間の不一致に伴う体調への影響やシステムエラーもありませんでした。そこで、この電子版セルフケアシートをもとに、ePROを進めようとしたのですが、自前のものはシンプル過ぎて、その先の発展性が難しく思えました。そんな折、Welbyの「マイカルテONC」を紹介いただき、2020年5月、まずは観察研究として導入、2020年11月に実臨床に導入し、今日に至っています。
鹿児島市にある相良病院は乳がんに特化した全国で唯一の特定領域がん診療連携拠点病院です。緩和ケア用の病床も備えており、病床数は80床、乳がん手術件数が2020年で695件、術前・術後の化学療法件数は2020年で4,609件でした。また、2020年度に化学療法を導入した新規の患者さんは400人弱でしたが、そのうち約6割の患者さんが、離島をはじめとする遠隔地に住む患者さんでした。
このように、抗がん剤治療可能施設が県中心部に偏在しており、離島やへき地の患者さんに対しては地理的事情によって、有害事象発現時の対応が遅れる、治療強度を保てない―などの弊害が生じたこともあったり、また、昨今はICI(免疫チェックポイント阻害剤)が乳がんにおいても使用できることになり、irAE(免疫関連有害事象)のマネジメントの必要性が増していること、さらにはコロナ禍で受診控えの懸念があったこと―などから、副作用対策の必要性を感じていました。その中で、安全性の高い外来化学療法を行うには、タイムリーな情報共有が課題であり、ePROが解決の一助となる可能性があると考え、取り組みを進めています。
ePRO導入1年間の実績
次に、相良病院におけるePROアプリ導入の実際について具体的にご紹介します。当初は、薬物療法の有害事象対策として、スマートフォン使用可能な患者さんを対象に紙媒体PROからePROへ移行する形でスタートしました。アプリは、患者さん自身のスマートフォンにインストールしてもらいました。アプリ導入に当たっては、医師が薬物療法導入について説明し、副作用対策としてのePROを紹介。そして、主に看護師がパンフレットを使ってアプリのインストールと使用方法を説明します。その後、化学療法センターで、医師または看護師がアプリのインストールを確認した後、被験者IDを入力することで病院のシステムと連携し、運用開始という流れになります。
患者さんによって入力された情報の確認作業は、平日の毎日2回、全登録者の入力情報を化学療法室担当看護師と腫瘍内科の医師が担当して確認しています。Grade2以上の有害事象出現時にはそれぞれgradeが上がると青・黄・赤と視覚的に確認しやすいようにアラートが出る仕組みになっており、grade3,4以上の有害事象が連日認められる場合には患者さんへの電話連絡を検討することになっています。勿論、診察時には、診察前に担当医が患者さん個人の入力情報を確認しています。
アプリ登録者の推移ですが、導入当初は月20件以上あったのですが、その後やや停滞し、最近になって再び月16件にまで増加しています。紙媒体での入力も引き続き行われており、今のところ、件数では紙媒体使用者がアプリ登録者を上回っていますが、ようやくアプリ登録のウエイトが高まってきたところです。2020年5月から1年間の実績で見ると、アプリ登録者が131人で年齢の中央値は52歳、 紙媒体の利用が262人、年齢の中央値は64歳でした。アプリを選ばなかった理由は、「手書きを希望」、「アプリが苦手・不慣れ」、「ダウンロードできない」、「パスワードが分からない」―などでした。アプリを選んだ人は、入力が必要な対象期間のうち、中央値で84%入力していました。実際に使用したPRO-CTCAEの17項目は、別表に示したとおりです。また、この1年間、ePROで表示されたアラートを見て、電話による介入を行ったのは18件でした。最も多かったのが下痢(9件)、次いで関節炎(7件)、発熱(5件)、疲労(5件)、食欲不振(3件)、末梢神経障害(3件)と続いています。
ePRO導入の評価
実際にアプリを利用した患者さんにアンケートを行いました。1回あたりの記録にかかった時間は平均で4.6分。1~3分という患者さんが半数を占めました。「副作用を医療者に伝えるために、このシステムは役に立ったか」との質問には、62.9%が「役に立った」と回答しました。質問票(用紙)から切り替えた患者さんの87.5%は、質問票に記入する方法と比較して「アプリ入力の方が良かった」と回答しました。また、どちらの方が忘れずに記録できるか質問したところ、「アプリでの入力」との回答が85.7%でした。アプリの利用継続意向も85.7%でした。
患者さんに、アプリを使ってみた感想を聞いたところ、評価するポイントとしては、「携帯での入力がとても手軽にできるので、今後は自分の記録にも活用したい」「病院とつながっている安心感がある」「体調が悪い時に看護師さんから電話をいただき、有難かった」「自分の体調・副作用の記録・整理になり、要点をまとめやすい」「日々の振り返りができて、とても良かった」「がん情報サービスも、とても有意義に感じた」などの声が聞かれました。
一方、意見、要望としては、「自分の副作用に当てはまらない質問が多かった」「どんな時も質問が同じで、もっと自分の症状に近いものがあれば、チェックしやすく、伝えやすいのでは?」「抗がん剤の種類や時期に適応できるカルテにしてほしい」「診察の時に話題になっていないので、伝わっているのかよくわからない」「利用者が許可する形で、画像も共有できれば、変化も追いやすく、よりよいと思います」などの声が聞かれ、大変参考になりました。
医療者の目線に立って評価をすると、①遠隔モニタリングが可能となり、離島・へき地、コロナ禍など、離れていても安心感が生まれ、信頼関係が深まる ②タイムリーな対応が可能となることで、有害事象が減少し、治療強度の維持、安全性の向上、緊急入院の低下などにつながる ③副作用が視覚化されることで、有害事象評価の時間短縮ができる ④データベースへの情報登録が簡便化され、エラーが減少し、データベースの質の向上につながる―などが挙げられます。
最後に、医療者の立場から今後の課題を挙げると、まず、「高齢者への導入が難しい」という問題です。これに対しては、引き続き紙媒体PROを継続すると同時に、スマホ使用可能な世代が高齢化し、ITが診療に普通に用いられる時に備えて、普及の取り組みを継続していきたいと思います。次に「毎日の入力は継続が難しい」という点ですが、これに対しては、患者さん毎に治療レジメンやサイクル数、有害事象の程度に応じて、入力頻度を調整することを考えたいと思います。また、「選択した質問以外の症状や不安を抱いている」という問題に対しては、対面診断時に、気がかりの聴取を行い、ACP(将来のケアについて話し合うプロセス)も推進していきたいと考えています。「医療者の知識不足」という課題に対しては、院内の勉強会や講演会など普及活動に取り組んでいきたいと思います。
―以上
講演2
「Oncology領域最新のePRO研究事例アップデート」
宮路 天平 東京大学大学院医学系研究科 臨床試験データ管理学講座 特任助教
各国で注目されるePROの有用性
ePROとは、患者報告アウトカム(PRO)を電子的に収集する方法及び、そのシステムを指します。当初は臨床研究でのデータ収集ツール(EDC)としての使い方(eSource)でしたが、最近では日常臨床での症状モニタリング、セルフマネジメント、患者さんと医療者とのコミュニケーションツール、介入ツールとしての使い方が注目されるようになりました。そのきっかけになった先行研究が、2017年、ASCO(米国臨床腫瘍学会)で発表されたBasch先生らの研究(*)でした。それ以降も、各国で追試やFeasibility研究、実装研究が多数計画されました。日本でも、乳がん患者さんを対象に、ePROによるモニタリングの有用性を検討する試験などが行われています。
(*)抗がん剤治療を行っている患者さんに、PHRのようなデジタルツールを用いて1週間に1度、患者さん自身が副作用を記録し、一定のグレード評価が記録されたら、適時適切に介入を行ったところ、通常のケア群と比べて、全生存期間を5.2カ月延伸することができた Overall survival results of a randomized trial assessing patient-reported outcomes for symptom monitoring during routine cancer treatment-Ethan Basch, MD, MScほか (JAMA July 11, 2017 Volume 318, Number 2 )
患者評価を取り入れ、症状評価の精度向上
日常臨床でのePROの使い方は、①患者さんによる症状の記録(Personal Health Record: PHR) ②遠隔からの症状モニタリングと指示(アラート)―の二つです。利点は、①症状評価の精度向上 ②医療者-患者間のコミュニケーションの向上 ③QOL維持、緊急来院・入院の減少、生存期間の延長―が挙げられます。症状評価の精度向上に関しては、2010年のBasch先生の研究で、「医療者評価と患者さんの声には差がある。医療者は、患者さんの主観的症状に対して過小評価する傾向にあり、医療者だけによる有害事象の評価では不十分だ」と指摘しました。この結果から、患者さんの声をePROを使って取り入れようという動きになりました。日本でも同様に、医療者評価と患者評価が一致しないことが研究で示されています。紙ベースの報告からePROに置き換えたことで、症状評価の精度が向上したという研究結果もあります。
ePRO使用で、問題点も顕在化
Basch先生が米国で続けている「PRO-TECT」という研究の中から、ePROの使用感に関する報告を紹介します。
3カ月使用時点での患者さんの使用感を聞いたところ、「質問が理解しやすい」「システムが使いやすい」「質問が自分に合っている」などについて、おおむね9割近くが同意しました。「医師や看護師とのディスカッションが改善した」「医師や看護師がデータを活用した」との設問に同意したのは7割。3割は設問に不同意で、改善の余地があると感じていることが分かりました。「患者の自己管理に有用」は7割、「他者にも使用を勧める」は9割が同意しました。看護師による使用感はどうでしょうか?同じく3カ月使用時点の調査ですが、「HERの記録に有用」「患者とのディスカッションが改善」「効率化が進んだ」には、おおむね8割が同意しました。「患者さんのケアの質が向上」「将来の患者さんにも同システムを使う」「他のクリニックにシステムを推奨する」との設問に同意するのは6割程度にとどまりました。これらの結果から、患者さんに比べて医療機関の方が、ePROを使うことのメリットを十分に感じていない人がいるという課題が浮き彫りになっています。
また、高齢者によるePRO利用のFeasibilityに関する研究も行われています。膀胱がんの患者さん(平均年齢68歳)を対象に、患者さんの入力状況を調査した結果では、5サイクル目まで7割が入力できていました。これに対して、医療者がそのデータを見た記録が低かったという調査結果が出ており、この研究でも、高齢者のePRO使用に問題はないが、医療者側がそれを使いこなしていないという問題が見えてきました。
阻害因子、成功因子踏まえた実装戦略を
ここからは、日常臨床でePROを実装する場合の阻害因子、成功因子に関する研究結果からいくつかご紹介します。まず阻害因子としては、①技術的問題(デバイス、ネットワーク、電子カルテ連携) ②利害関係者のPROに対する知識と認識の不足 ③なぜ、どのようにPROを収集するかが不明確 ④負の影響(業務量増大、ケアに対する満足度の低下) ⑤確立された日常業務プロセスでの要求と競合する―などが挙げられます。成功因子としては、①各医療機関で運用を調整することができる ②各医療機関でのキーパーソンによる調整が可能 ③ePROの操作自体は、比較的容易である―などが挙げられています。以上から導き出せるePRO実装の戦略としては、【実装前】利害関係者にアプローチし、ePROの有用性に対する理解を促進すること、業務フローの評価と調整を行っておくこと。【実装時】負担のかかる担当者へのトレーニングとサポートを行うこと。そして【実装後】フォローアップと、発生した問題への対応―という内容になります。
ePRO実装の課題と今後の展望
ここまでで明らかになったePRO実装に関する課題を整理すると、次のようになります。
・評価項目とアラートの絞り込み(患者、医療双方の負担軽減)
・アラートを飛ばす閾値の設定
・可視化されたビューアーやレポートの作成
・電子カルテとの連携(医療情報部、電子カルテベンダーとの連携)・・・この問題は、セキュリティーポリシーとも関係しますので、ステークホルダマネジメントの部分で解決していく必要があるでしょう。
・ePRO評価とPROデータの参照を、どのように日常臨床の業務フローに落とし込んでいくか?
これら諸課題の解決に向けて、さらに研究が進むことを期待するとともに、ePRO実装の実現に向けて、関係者全員で考え、取り組んでいくことが求められています。
最後に、ePROの今後の展望と期待を申し上げます。
- ①国内外で、日常臨床でのePRO実装研究の結果が、もっと出てくるでしょう。
- ②ePROでのがん有害事象評価は、日本でも「PRO-CTCAE」が主流になると思われます。
- ③日常診療でのePRO実装は、組織の規模や対象によって、複数のモデルが開発されるでしょう。
- ④ePROと電子カルテの連携は、段階的に徐々に進むものと思われます。
- ⑤今後ePROは、ePRO単体としてではなく、オンライン診療、mHealth(モバイル・ヘルス)技術、患者ポータルとの組み合わせで発展していくと思われます。
この後、牧原玲子国立がん研究センター中央病院薬剤部がん専門薬剤師が加わり、一般社団法人CSRプロジェクトの桜井なおみさんの司会で「患者疾患管理におけるデジタルツール活用の課題と可能性」をテーマに、パネルディスカッションと質疑応答が行われました。内容につきましては、動画配信(要申込)を参照ください。