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日本における女性のメンタルヘルスの現状を考える
~コロナ禍で増大した課題に、いかに対応するか~

現在進行中の新型コロナウイルス感染症の蔓延は、日本における女性のメンタルヘルスの悪化と、自殺の増加という、新たな問題を引き起こしています。その背景には、家庭内暴力の増加、家事・育児・介護などの家庭内労働の負担の増加、失職や収入減など経済的な負担の増加などがあると考えられています。

性差の問題の解消に向けては、女性が脆弱な立場に置かれているという構造的な問題にメスを入れると同時に、ジェンダー平等に向けてはただ「かわいそうな立場の女性を救う」という視点だけでなく、実は男女ともに生きづらい社会が隠れているという認識が必要です――。そう指摘するのは、日本医療政策機構シニアマネージャーの坂元晴香先生です。たとえば、家庭内労働が、女性側に押し付けられがちなのは、その背景に「男は外で汗水流して働くものだ」という旧態依然な思いこみがあって、男性が仕事より家庭内労働を優先することに、否定的な社会の存在があると指摘。女性の側は家庭内労働を押し付けられる一方、男性を長時間労働に従事させることを許容している社会があり、そのような社会は男女ともに生きづらい社会であると訴えます。

 
以下、坂元先生への取材をもとに、日本における女性のメンタルヘルスの現状、対応策、今後の課題などについて考えてみたいと思います。【坂元先生の略歴は、後掲をご参照ください】

メンタルヘルスと自殺をめぐる問題を振り返ると、1990年代後半より、日本の自殺件数は増加を続けており、一時は年間約3.5万人に上りました。その背景には、主に中高年男性の自殺の増加という問題がありました。こうした現状に、政府や地方自治体、NPO、NGO、企業なども、様々な対策を推進してきました。その結果、国内の自殺件数は年々減少を続けており、2019年(20,169人)には、1978年の統計開始以来、過去最少を記録。少しずつ、しかし着実にその数を減らしてきました 1

コロナ禍によって女性のメンタルヘルスが急激に悪化
ところが、新型コロナウイルス感染症の蔓延が社会問題となった2020年には、自殺の数は再び増加に転じました。坂元先生たちの調査によると、男性は若年層および高齢層で、女性は全ての年齢層において、自殺件数の増加が確認されました 2,3。特に女性の自殺件数の大幅な増加は、コロナ禍以前と比べて、女性のメンタルヘルスの急激な悪化を示すものであり、坂元先生は「非常に深刻な事態であり、重く受け止める必要があります」と懸念を示します。

コロナ禍における女性のメンタルヘルス悪化の要因としては、①家庭内暴力の増加、②家事・育児・介護などの家庭内労働の増加、③コロナ禍に伴う失職や収入減などの経済的負担の増加―の3点が影響していると考えられています。特に家庭内暴力は、その実態が見えにくいことに加えて、コロナ禍に伴う経済的な困窮・先の見えない社会情勢などから、より弱い立場にある女性や子どもに暴力の矛先が向いていると推察されます。家庭内暴力の増加は世界各地でも報告されており、国際機関も警鐘を鳴らしています 4

さらに、コロナ禍による休校・休園によって、家事・育児などの家庭内労働の負担も増加しました。デイサービスが利用できなくなったことで、在宅介護の負担も増えました。日本社会の構造上、こうした負担の増加は、主に女性が背負うことになりました。東京都の調査でも、子育て世代の家事・育児に関連する時間の男女差は、コロナ禍以前と比べても縮小しておらず、逆に拡大したことがわかっています 5

女性は男性よりもネガティブな情報の影響を受けやすい
また、飲食業・観光業・宿泊業など、女性の非正規雇用で支えられてきた産業の多くが、コロナ禍の影響を大きく受けました。元来、日本では女性労働者に占める正規雇用の割合が低く、多くの女性がパートタイムなどの非正規雇用で仕事をしているという現状があります。雇用環境が脆弱なところに、コロナ禍が重なり、これらの産業に従事する女性労働者の多くが、失職または収入減という影響を受ける結果となりました。

日本の場合、子どものいる夫婦が離婚した場合、男性側が育児を担うことは少なく、女性側が育児を担うケースが多いという事情もあります。厚生労働省の調査でも、ひとり親世帯のうち、母子世帯が全体の8割以上を占める一方で、父子世帯は約1割に留まることがわかっています 6。さらに同調査によると、母子世帯の平均年間収入(約243万円)は、父子家庭(約420万円)と比べて約180万円も低く、預貯金額も少ない(50万円未満が約4割を占める)など、母子世帯を取り巻く厳しい経済状況もうかがえます。そして今回のコロナ禍は、こうした母子世帯が抱える経済的困窮に、さらに拍車をかける結果となりました。

SNSで心を病みやすい女性と子ども
さらに坂元先生は、女性特有の問題として「環境の影響」を指摘します。一般的に、女性は男性よりも報道や環境の変化に対して敏感であり、不安定になりやすいといわれています。コロナ禍で女性に対する負の影響が強く出たことに加えて、当初はメディアでも自殺の報道やコロナによる有名人の死亡など、ネガティブな報道が相次いだことが、経済的にも精神的にも不安に拍車をかけたと推測されます。

環境という側面では、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の影響も無視できないといわれています。坂元先生は「特に女性と子どもは、SNSで心を病みやすいといわれています。個人に対する誹謗中傷については規制が進んでいますが、たとえば他人と自分を比べて、劣等感にさいなまれるといった事例も少なくありません」と指摘。一方で、SNSはメンタルヘルスの重要性を広く伝えるためのツールとして有用であり、また職場というつながりをもたない非就労者にとっては、貴重なつながりの手段となり得ることから、今後はSNSとの上手な付き合い方も啓発していく必要があると提案します。

メンタルヘルスへの対応策は
それでは、私たちは具体的にどのようにしてメンタルヘルスの問題に対応していけばよいのでしょうか?坂元先生は、「ゲートキーパー」という、メンタルヘルスの不調がありそうな人に気づくことのできる人材を養成し増やしていくことが大事だと指摘します。また、不調や不安を感じた本人が声を上げやすい、相談しやすい場所、窓口を複数用意するなどの環境を整えることも非常に重要になると言います。その意味では、従来型の電話相談だけでなく、もう少し気軽に相談できるSNSを活用するのも、一つの方法でしょう。

職場環境を通じたメンタルヘルス対策では、海外の動きも参考になります。たとえば、デスクを固定しないフリーアドレスにする、プロジェクトごとに上司・部下の関係を変えるなどの工夫で、人間関係に流動性をもたせるやり方なども、その一例です。その他にも、メンタルヘルスに関して全員参加型のセッションを定期的に開催する、銃乱射事件などショッキングな事件の発生時には、スタッフ全員にカウンセリングの案内を通知する、ヨガ講座や瞑想教室を通じてネガティブな感情をリセットするなど、様々なメンタルヘルス対策が充実しています。

メンタルヘルスの不調は「誰にもでも起こりうること」
メンタルヘルスの不調は、誰にでも起こりうる現象です。一般的には、人間関係の悪化や経済的困窮などに加えて、周囲の環境の変化、健康状態の悪化、近しい人との離別などのライフイベントなどが、メンタルヘルスの不調の原因として知られています。こうしたイベントは、誰もが人生の中で一度は経験することばかりです。かつては、こうした負の感情はただ我慢して、誰にも見せないことが美徳でしたが、いまはメンタルヘルスの不調も、正直に打ち明けられるような環境が必要とされています。

良好なメンタルヘルスを維持する上では、他者とのつながりも重要です。地域社会での活動、趣味を通じた関係など、他者とのつながりをもつことが、メンタルヘルス対策でも重要だと考えられています。事実、中高年男性におけるメンタルヘルス悪化の背景には、職場での人間関係が唯一のつながりになってしまっていることが大きいともいわれています。他者とのつながりの確保では、SNSも有効なツールとなります。つながりは、必ずしもリアルである必要はないのです。

情報発信にも改善の余地
ここ2年半のコロナの対応を見て坂元先生が感じたことは、「一般的な日本人のリテラシーが、ものすごく高いことでした」。マスク着用、手洗い、「三密回避」、ワクチン接種まで、行政やメディアからしっかりした発信が行われれば、多くの方は正しく理解して行動します。一方、メンタルヘルスに関しては、「声かけが難しい」などの声も聞きます。国民の側のリテラシーは高いが十分に対策が伝わっていない現状に鑑みると、厚労省などからマニュアルが出てはいますが、もう少しわかりやすく伝えていく工夫が、医療、行政の側にも必要で「まだまだ改善の余地があることを実感します」としています。

男女共に働きやすい社会の実現こそが真の解決策
コロナ禍によって生じた女性のメンタルヘルスの悪化と、その背景にある不平等について、坂元先生は「改善すべき問題はたくさんあります」と考察します。たとえば、女性労働者の多くが非正規雇用であり、身分保障でも収入面でも厳しい立場にあること、特にひとり親世帯の場合、多くの母子世帯が厳しい経済状況を強いられている、日本の社会構造自体を変える必要があると指摘しました。その一方で、家事・育児などの家庭内の労働時間の不平等の問題については「男性は長時間労働に従事するのが当たり前」であって、家庭を顧みずに働く姿勢を美徳とするような、旧来の価値観そのものを見直すべき時期にきているとの見解を示した上で、男性にとっても生きづらい社会を変えていくことも、ジェンダーギャップの解消には大切だと訴えました。

 

坂元晴香先生プロフィール
日本医療政策機構シニアマネージャー

医師、博士(公衆衛生学)。札幌医科大学医学部卒業後、聖路加国際病院で内科医として勤務。その後、厚生労働省国際課および母子保健課に勤務。2014年には、世界銀行より奨学金を受けハーバード大学公衆衛生大学院にて公衆衛生学修士を、2021年には東京大学にて公衆衛生学博士を取得。現在は、東京女子医科大学衛生学公衆衛生学分野グローバルヘルス部門准教授、東京大学国際保健政策学教室特任研究員、WHO(世界保健機関)西太平洋事務局コンサルタント、東京財団政策研究所主任研究員を併任する。

■メンタルヘルスの不調などで悩みがあるときは
●厚生労働省:SNS相談(SNS相談等を行っている団体一覧)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/soudan_sns.html

●厚生労働大臣指定法人・一般社団法人「いのち支える自殺対策相談センター」
https://jscp.or.jp/

●厚生労働省:まもろうよ こころ 命を守る「ゲートキーパーとは」
https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/gatekeeper/

1 厚生労働省自殺対策推進室・警察庁生活安全局生活安全企画課「令和3年中における自殺の状況」
参考URL:https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R04/R3jisatsunojoukyou.pdf
 
2 Assessment of Suicide in Japan During the COVID-19 Pandemic vs Previous Years
参考URL:https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/article-abstract/2775740
 
3 Suicide by gender and 10-year age groups during the COVID-19 pandemic vs previous five years in Japan: An analysis of national vital statistics
参考URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0165178121004698
 
4 グテーレス国連事務総長及びムランボ=ヌクカUN Women事務局長による新型コロナウイルス感染症による危機下における女性に対する暴力への対策の要請に関する声明
参考URL:https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/sp_index_2.html
 
5 令和3年度男性の家事・育児参画状況実態調査(速報版)について
参考URL:https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2021/09/24/13.html
 
6 平成28年度 全国ひとり親世帯等調査結果の概要
参考URL:https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11920000-Kodomokateikyoku/0000188182.pdf
岩下裕司日本における女性のメンタルヘルスの現状を考える
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