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女性のメンタルヘルス医療現場からの提言を聞く
~メンタルヘルスに不調を抱えている人へのサポーティブな対応は重要です~

従来から、女性は男性の2倍うつになりやすいといわれています。その要因は、女性ホルモンの変動から生じる精神的不安、いまだ女性が働きにくい日本の労働環境、家庭内の人間関係から生じる葛藤、幼少期に受けたトラウマの記憶まで、多岐に渡ります。さらに、ここ数年続いている新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延を受けて、女性のメンタルヘルスはさらに悪化しているとの報告もあります。もし家族や職場などで自分の身近な人のメンタルヘルスの悪化が疑われる場合、私たちはどのように対応すべきなのでしょうか?今回のニュースレターでは、長年女性のメンタルヘルスに携わってこられた代々木の森診療所・織戸宣子先生に、女性のメンタルヘルスを巡る問題と具体的な対応策について、お話を伺いました。【織戸先生の略歴は、後掲をご参照ください】

完璧主義で頑張りすぎる女性は自身で追い詰めてしまう
 
――近年、特に女性のメンタルヘルスが悪化しているといわれています
女性の4~6人に1人が生涯に1度はうつを経験するという報告があります。女性が悪化しやすい要因としては、女性は生涯にわたって女性ホルモンの分泌が複雑に変動すること等の生物学的要因(月経前・出産後・更年期等)や心理社会的要因がありそれらが複雑に絡み合ってうつの症状を呈します。もちろん、男性もうつと無縁ではなく、男性には「沈黙の文化」というものがあり、自身の思いを言わない分、重症化しやすい傾向があります。
 
さらに、女性を取り巻く環境要因として、いまだに女性が働きやすいとはいえない日本の職場環境、結婚や離婚などに伴う生活環境の変化、仕事と家庭を両立させなければという重圧、夫婦間の葛藤、女性の負担が大きくなっている家事や介護問題など、様々な点が指摘されています。
(前回のニュースレターはこちらからご覧ください)
 
――コロナ禍を受けて、世界的に女性のメンタルヘルスの悪化が報告されています
国内でも、コロナ禍を境に女性の自殺件数が増加するなど 1、女性のメンタルヘルスの悪化を伺わせる数字が報告されています。その背景として、国内の女性就労者は、収入および立場が不安定な非正規雇用が多いこと、女性就労者の割合が高い観光業や飲食業等の職種がコロナ禍の打撃を受けたことで、多くの女性が仕事を失ったり、収入が減少したことが、メンタルヘルスにも大きく影響したと考えられます。
 
さらに男女の違いとして、男性は自己解決型であるのに対し、女性は他人とのつながりを通じて安心感を得る要素が大きいといわれています。当クリニックの受診患者さんを見ても、新型コロナの流行以降、不要不急の外出を控え、仕事もリモートとなり、外食も控えて、遠方の親戚や友人とも会えず、孤立感を深め心身不調をきたし、来院される方も多くみられました。またコロナ対策において家族の意識の差があったり、あるいは感染対策のために洗濯ものや消毒回数が増え疲労を感じている女性もみられます。
 
もっとも、コロナ禍の影響は必ずしもネガティブな結果のみを招いたわけではありません。家族間のコミュニケーションが増え、安心感があり、仲良くなったという方も多くみられます。国内のアンケート調査によると、在宅時間の延長によって「夫婦仲が良くなった」と回答した人は約2割に上り、これは「夫婦仲が悪くなった」と回答した人の2倍以上に上ります 2。このような時だからこそ、お互いが労い合い、自身の気持ちを小出しに相手に伝えていくことが大事です。その一方で、夫や家族の在宅時間が増えたことで、家事など家庭内における女性の負担だけが大きくなったという意見もあります 3。家族内の意見の衝突や葛藤も増えており、残念なことに家庭内暴力の報告も増加しています。料理、洗濯、掃除などの家事は、どちらか一方がすると負担が大きくなるので、交替で行うなど助け合うことが大事です。もし仕事などでできないときは、「ありがとう」と労い合うことが大切です。
 
幼少期のトラウマの記憶に悩まされている女性は意外と多い
 
――女性の場合、メンタルヘルスの悪化はどのような症状として表出するのでしょうか?
たとえば、月経前だと落ち込み、身近な人へのイライラ感が強くなります。さらに出産後や更年期のように、女性ホルモンの分泌が大きく変化する時期は、メンタルヘルスも悪化しやすく、眠りにくい、食欲がなくなる、やる気が起きない、疲れが取れない、希望をもてずに自分を責めるなどの症状が出現することもあります。人によっては、パニック発作(不安や緊張に由来する動悸、息切れ、発汗)として表れることもあります。
 
――男性と女性でメンタルヘルスの悪化因子(=ストレス因子)は異なるのでしょうか?
男性の場合は、仕事の過労、職場の異動および職場の人間関係などが、ストレス因子として知られています。これに対して、女性の場合は、妊娠・出産・月経などのライフステージに関連した心身の不調、家庭内(両親や夫など)の葛藤、職場の人間関係や重圧、仕事の過労など、ストレス因子は多岐に渡ります。
 
さらに、幼少期のトラウマの記憶が、成人後もメンタルヘルスの悪化に影響することがわかっています。特に、女性のうつ病患者さんを対象に行った聞き取り調査でも、約5割の女性にマルトリートメント(大人が子どもに向ける虐待やネグレクトなどの不適切行為)があったとの報告もみられます。トラウマの種類は様々ですが、暴力、性的虐待、無視などがみられます。心身が弱っている時に、こうした記憶が甦り日常生活に支障が出ることもあるのです。

 
メンタルヘルスの不調を気軽に話せ、休むことのできる職場づくりを
 
――家族や同僚にメンタルヘルスの悪化が疑われる場合、周囲はどう行動すべきですか?
まずは変化に気づき、相手の話をよく聞き、その気持ちを理解してあげることです。たとえば、いつも遅刻しない人が遅刻や欠勤の回数が多くなったり、いつもしないようなミスをしたり等、普段と異なる行動があるときは要注意です。いつも社交的な人が周囲との交流を避けがちになったり、急に飲酒の量が増えたり、心身不調を訴えた時――そんな変化を見つけたら「いま大丈夫?色々と抱え込んでいない?」「この頃頑張り過ぎでない?」「わかるよ」「もし疲れているなら、助けるからね」などの共感やサポーティブな声掛けは大切です。逆に「もっとがんばれ!」といった励ましの言葉を安易に用いると、新たなストレスとなることもあります。「これまでよくがんばってきたね」という、労いの姿勢で接することはとても大事です。ただし、自身の認知の誤りで「私は周りに迷惑をかけている。自信がない。もう駄目だ。」と追い込んでいる場合は、「この仕事なら君ならできるよ」と励ましが必要なこともあります。長年、女性のメンタルヘルスに関わってきた私の経験から申し上げますと、メンタルヘルスの問題は誰でも起こりえます。「周りの人を頼っていいんだよ」という体制を作り上げることは大事です。
 
社会的に活躍している人も、誰でもこころの不調におちいることがあります。その時は休養することが大事です。場合によっては思い切って休職して治療に専念することが必要なこともあります。不調時にはきちんと休み、一人で抱えこまずに誰かに相談し、治療を受けることが大切です。現在は、様々な治療があり、薬物治療は個々に合わせて行いますが、患者さんを取り巻く環境や本人の考え方(認知)も症状に大きく影響します。いつでも安心して休養できたり、回復した人が再び同じ職場で活躍できるような環境づくりも不可欠といえます。
 
以下にご紹介するのは、受診されたご本人とご家族や周囲の皆さんに理解していただくために、私がお渡ししている「うつ状態の患者さんに対するサポートのポイント」をまとめたものです。一例として、参考にしていただければと思います。
 
「しんどい」という気持ちを理解してあげて、責めないでください。
怠けているのではありません。

■「がんばれ!」と励まさないでください。
「しっかりしてね。がんばって!」という家族の言葉が負担になってしまいます。今まで十分頑張ってきて心身ともに頑張れない状態になっているところに励まされますと、かえって自分を責めてしまい、ますます悪くなってしまいます。「今までよく頑張ってきたね」という労いの気持ちで接してあげてください。

まずは、ゆっくり休養を取らせてあげてください。
よかれと思って家族が気分転換に外出や旅行をすすめると、かえって逆効果で疲れてしまうこともあります。

重大な決定は後回しに。
焦燥感のため「仕事を辞めたい」「引っ越したい」などと言われても、「少し元気になってから考えましょう」とゆったり接してください。

必要以上に相手に気を遣わないようにしましょう。

原因を追究し過ぎないようにしましょう。

症状の変化に一喜一憂せず、ゆっくり見守ってください。
 

――私たち自身のストレス解消法のアドバイスなどがあれば教えてください。
自分の思いを溜め込まず、小出しに相手に伝えてみましょう。その時におすすめなのがYou(ユー)メッセージ(あなたは~でしょ)ではなく、I(アイ)メッセージ(私は~思うんだ)で伝えるというやり方です。また、自身の心を柔らかく保つコツとして、“Good enough”(いい加減)という考え方をおすすめしています。「~でなければ」と自分を追い込まずに、あるがままの自分を認め、時には他者を頼り、疲労がある時には休むことを提案しています。
 
――最後に、このニュースレターを読んでいる皆さんにメッセージをお願いします。
私が女性のメンタルヘルス診療を始めた20年以上前とは異なり、心療内科・精神科受診のハードルはかなり低くなったと感じます。その一方で、まだまだ助けを求められずに苦しんでいる方が多いのも事実です。精神医療に対するスティグマ(差別や偏見など社会における負のレッテル)の解消には、家族や会社、社会全体がメンタルヘルスを正しく理解することが不可欠です。メンタルヘルスの悪化は、骨折のように外見上の変化はなく、また糖尿病などと異なり、検査で異常が見つかるわけでもないので、なかなか理解されません。また、頑張り屋さんほど周囲には無理して明るく振る舞う方もいます。繰り返しになりますが、もしあなたの身近な人から心身不調を相談されたら、まずは相手の気持ちを受け止め、話を聞いてあげて下さい。相手の気持ちを受け止め、共感することは重要で、頼れる場所があることを示し、必要な時には病院受診を後押しすることも大事だと思います。心の不調を持つ人が孤立することがない社会になることを望みます。
 
私のお話が、女性のメンタルヘルスの向上、ひいては社会全体のwell-beingの向上の一助になれば幸いです。

織戸宜子先生 代々木の森診療所
精神科保健指定医、精神科専門医、内科医、女性のメンタルヘルス専門外来。
兵庫医科大学卒業後、神戸大学病院で研修を受ける。パルモア病院・神戸海星病院で女性心療内科外来を立ち上げるなど、女性のメンタルヘルスに長年たずさわる。その後、東京慈恵会医科大学、総武病院を経て、2018年5月より代々木の森診療所に勤務。現在に至る。
 

 
 
■織戸宣子先生のご講演を視聴できます(下記リンク先から動画サイトに移動します)
●令和3年度女性活躍推進事業 働く女性のメンタルヘルス講演会
心とからだの健康を保つ~私らしく働くためのメンタルヘルスケア~
https://tokyodouga.jp/tts7u7eo8bs.html(リンク先:東京都公式動画チャンネル「東京動画」)
 
■メンタルヘルスの不調などで悩みがあるときは
●厚生労働省:SNS相談(SNS相談等を行っている団体一覧)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/soudan_sns.html
 
●厚生労働大臣指定法人・一般社団法人「いのち支える自殺対策相談センター」
https://jscp.or.jp/
 
●厚生労働省:ゲートキーパーになろう!
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/gatekeeper.html
 
■コスモ・ピーアール ニュースレター
●日本における女性のメンタルヘルスの現状を考える~コロナ禍で増大した課題に、いかに対応するか~
https://cosmopr.co.jp/ja/the-current-state-of-womens-mental-health-in-japan/
 
●日本における女性の健康~フェムテックがウィメンズヘルスに果たす役割を考える~
https://cosmopr.co.jp/ja/womens-health-in-japan-jp/

1 厚生労働省自殺対策推進室・警察庁生活安全局生活安全企画課「令和3年中における自殺の状況」
参考URL:https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R04/R3jisatsunojoukyou.pdf
 
2 明治安田生命 「いい夫婦の日」に関するアンケート調査を実施
参考URL:https://www.meijiyasuda.co.jp/profile/news/release/2021/pdf/20211115_01.pdf
 
3 令和3年度男性の家事・育児参画状況実態調査(速報版)について
参考URL:https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2021/09/24/13.html
岩下裕司女性のメンタルヘルス医療現場からの提言を聞く
~メンタルヘルスに不調を抱えている人へのサポーティブな対応は重要です~