Content Design

COSMOのレガシー(2)
企業のフィロソフィー(理念)をより魅力的に見せる
~編集制作の“三笑主義”を今に引き継ぐ~

コスモは現在ヘルスケア領域を重点分野に据えて、多くの企業・団体のコミュニケーション活動を支援していますが、創業した1960年代から1980年代にかけては、鉄鋼や造船・建築など様々な分野の企業の海外進出や海外での知名度を高めるためのパブリシティ活動を行っていました。前号に引き続き、その取り組みの中心であり、現在も続く当社の編集ビジネスについてご紹介いたします。

特集テーマが全国的な自然保護運動のきっかけに

1964年に創刊された大手ゼネコン竹中工務店の広報誌『approach』は和文・英文を併記し、国内読者だけでなく、海外読者も意識した内容でした。当社の創業者の一人である瀬底恒は『approach』の創刊にあたり、「クライアント」、「クリエイター」、「読者」の三者がともに喜ぶ制作物をつくるという「三笑主義」(注1)を編集の基本に据え、企業情報、新しい建物の作品情報の他、歴史・社会・文化をテーマにした特集を紹介する誌面構成とし、独立したばかりの田中一光(注2)をアートディレクターとして起用。撮影は米国・シカゴの「ニュー・バウハウス」で学び、帰国したばかりの石元泰博(注3)に依頼しました。以来60年、『approach』は通巻253号を数えています。(2026年6月1日最新号発行)

創刊時から、国内・海外における、建築・都市・デザイン・環境・教育などの幅広い分野から、次世代へ伝え続けていく価値のあるテーマを一つ選び、特集として展開する内容構成は一貫しており、企業の発信による社会貢献ともいえる誌面づくりを続けてきました。例えば、『approach』 1976年冬号で紹介したイギリスの市民運動National Trustが朝日新聞の「天声人語」で取り上げられたことがきっかけとなり、北海道の知床国立公園内における「しれとこ100平方メートル運動」へと結びつき、「日本ナショナル・トラスト協会」の発足の一助ともなりました。

そうした内容も評価され、創刊時より企業広報誌としての表彰も数多く、2016年に『approach』の長年の建築文化の発信に対してメセナアワード(注4)の優秀賞も受賞しています。

2013年の通巻201号からは、より多くの方々にご覧いただけるよう、竹中工務店のホームページに和文版と英文版のeBookが掲載されています。2002年に田中一光氏が逝去された後も、創刊以来の編集スタイルを継続すべく、田中一光デザイン室のチーフデザイナーを務めていたデザイナーが携わっています。

<左上から アプローチ 1976年冬号(ナショナルトラストを紹介した原稿頁);1980年夏号(英国のナショナルトラスト特集);200号記念号;2025年冬号(知床特集)>

ものづくりの現場を造形的に捉えた誌面が注目集める

1976年には特殊ガラスの総合メーカー、日本電気硝子の広報誌『P&P』が発刊され、編集制作をコスモが担当しました。米国Corning社、ドイツのSchott社と並ぶ、同社の高度な特殊ガラスの製造技術を紹介するため、製造工程や製品の撮影を写真家の石元泰博に依頼しました。高熱で溶融されるガラスや微細な電子部品ガラスを造形的に捉えたモノクロ写真を大きく扱った誌面は、写真界でも注目されました。『P&P』誌はInternational Galaxy Awards 1996の金賞、日本産業広告賞2010のPR誌部特別賞などを受賞しています。

さらに日本電気硝子は1949年の創立以来、10年ごとに周年記念誌を発行し、コスモでは40周年、50周年、60周年、70周年誌を制作。それらは日本電気硝子という企業の歴史の記録であると同時に、特殊ガラスの進化の歴史の記録ともなっています。

<日本電気硝子 広報誌「P&P」>

企業のフィロソフィーを日本の文化とともに伝える

前回のニュースレターでご紹介した、スポケーンの国際博覧会のために制作した『The Rice Cycle』(1974)とアスペンの国際デザイン会議のために制作した『The I-Ro-Ha of Japan』(1979)の2つの日本文化紹介の本が現地で評価され、コスモの編集ビジネスの大きな特徴として、「美しいビジュアルを通して企業活動や日本文化を伝える」というコンセプトが広く知られるようになります。そしてそのコンセプトは、日本企業の海外向け広報誌に展開されました。その一つの例が、Mazda Booksです。

Mazda Booksシリーズは自動車メーカーの東洋工業(現マツダ)のために、80年~90年代にかけて発刊されました。シリーズの最初は、1981年に制作した『Wheel:A Japanese History』(車の日本史)でした。日本の歴史の中で車の果たした役割を、美術品や工芸品に描かれた車の多彩な姿を通して紹介し、最終頁に同社の最新の車の写真を掲載して、「車」の過去と現代を辿ったものでした。京都大学人文科学研究所の吉田光邦所長(注5)、デザイナーの田中一光、当社の瀬底の3人による共同企画・編集で、1993年の9冊目の『Wabi Sabi Suki』(侘び、寂び、数寄)(注6)で完結しました。Mazda Booksシリーズは当時、財団法人経済広報センターの英文広報刊行物コンクール(注7)で経団連会長賞をはじめ7年にわたり数多くの賞を受賞しています。

<Mazda Booksシリーズ 『Wheel:A Japanese History』>

Mazda Booksシリーズで培った国内外の研究者やクリエイターのネットワークはその後のコスモの編集制作物に厚みをもたらしています。松下電工の灯りの歴史、虎屋の和菓子の歴史、キッコーマンの和食の歴史、竹中大工道具館の周年記念誌や図録など、地域や社会との接点を巧みに切り取り、優れたビジュアルと、英語のみならず多言語で企業のメッセージを伝えています。

<竹中大工道具館の図録と記念誌>

変わらない指針「三笑主義」

2000年以降、企業の情報発信はインターネットが主要なメディアとなり、コスモが制作する広報ツールも印刷物だけではなく様々なメディアに展開しています。コスモの培ってきた人材ネットワークもデジタルネイティブの世代が増えています。

表現方法は変化していきますが、優れたメッセージを洗練された表現で届けることは変わりません。伝えるための表現方法は変わっていくとしても、「編集に関わる方々とゴールを共有しながらメッセージを伝える」という創業者たちの「三笑主義」はコスモの大切な指針として、守り続けられているのです。


■ 脚注

(注1)三笑主義 近江商人の「三方よし」という、江戸時代の経営哲学に擬え、瀬底が編集者のあるべき姿としていた基本姿勢

(注2)田中一光 1930–2002。グラフィックデザイナー。京都市立美術専門学校卒業、東京五輪メダルデザインやセゾングループのCI、無印良品の立ち上げなどを手がけ、琳派のような平面構成と色彩で世界的に活躍。1994年紫綬褒章。2000年文化功労者

(注3)石元泰博 1921-2012。サンフランシスコ生まれ。日系2世。桂離宮など日本の伝統建築にモダニズムを見出した建築写真群で知られ、国際的にも高い評価を得ている。1983紫綬褒章、1993勲四等旭日小綬章、1996文化功労者。

(注4)メセナアワード 企業メセナ協議会が1991年に創設した、企業による芸術文化支援活動(メセナ)を顕彰する賞。優れた取り組みを表彰・発信することで、芸術文化の振興と心豊かな社会の創造を目指す。

(注5)吉田光邦 1921-1991。東洋科学技術史家。京都大学名誉教授。京都大学人文科学研究所所長や京都文化博物館館長など歴任。産業と芸術を人の技術として捉え、1987年紫綬褒章、1991年叙正四位、叙勲二等授瑞宝章。

(注6)9冊目『Wabi Sabi Suki』は吉田所長の没後、建築史家伊藤ていじ (1922-2010) が主論文を執筆。

(注7)英文広報刊行物コンクール 財団法人経済広報センターが1980年から1989年まで計10回開催した海外広報に関するコンクール。経団連会長賞は、総合部門の最高位の賞として、特に優れた海外広報活動を展開した企業に贈られた。

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企業のフィロソフィー(理念)をより魅力的に見せる
~編集制作の“三笑主義”を今に引き継ぐ~
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COSMOのレガシー(1)
企業のフィロソフィー(理念)を形にする
~コンテンツデザインの編集方針とその実践~

コスモは1960年の創業以来、PR業界のパイオニアとして、日本における戦略的な広報/PRの確立に尽力してまいりました。現在はヘルスケア領域を重点分野に据えて、多くの企業・団体のコミュニケーション活動を支援しています。

今号では当社の創成期を振り返りつつ、今も継承されるコンテンツデザインの編集方針とその実践についてご紹介いたします。また、この度新しく当社のホームページに追加したコンテンツデザイン関連の事例紹介ページについてもお知らせします。


南カリフォルニア大学同窓、3人のCOSMO創業者

米・南カリフォルニア大学(USC)同窓の3人、日系新聞社に勤めていた佐藤啓一郎(注1)、米国三大放送局の一つ「NBC」のプロデューサーとして活躍していた松田妙子(注2)、そしてUSCの大学院で文化史を研究していた瀬底恒せそこつね(注3)は、1960年、当時日本ではまだ知られていなかった「パブリック・リレーション(PR)」という、企業によるコミュニケーション活動を支援することを業とする会社を設立しました。

その頃、日本は経済も上向き始め、欧米向けの工業製品などの輸出が始まっていましたが、留学を通して米国では日本の負のイメージが依然大きいことを痛感した3人は、海外での日本企業のイメージ向上を目的としたPR活動(海外広報)をさまざまな企業に提案し、展開していきました。

松田妙子、佐藤啓一郎、瀬底恒


PR黎明期の編集ビジネスを確立

企業広報の手法として、日本では新しい概念であった、いわゆるパブリシティビジネスを発展させたのは佐藤啓一郎、広報活動全体の企画プロデューサーとしての手腕を発揮したのが松田妙子、企業広報誌などの編集ビジネスを確立したのは瀬底恒でした。

その編集ビジネスの一つが、日立製作所に提案した世界的な写真家ユージン・スミスによる日立の工場とそこで働く人々、港や町並みの撮影とその写真の米国の写真誌『LIFE』(注4)への掲載でした。松田の得意とする大胆な発想を佐藤がパブリシティビジネスとして成立させ、1963年に、瀬底により写真集『Japan… a chapter of image』(日本 そのイメージの一章)としてまとめられました。

米国の写真誌『LIFE』、日立製作所発行の写真集『Japan... a chapter of image』
<米国の写真誌『LIFE』、日立製作所発行の写真集『Japan… a chapter of image』>

70年代、80年代にかけて、コスモでは日本企業が海外進出するための広報ツールの編集制作を中心にビジネスを展開。1964年から続く、竹中工務店の季刊広報誌『approach』もその一つです。


「三笑主義」の編集方針でCOSMO独自のクリエイターネットワーク築く

コスモは創業当時から写真とデザインがもつ力を大切にしています。制作物のアートディレクションには当時のグラフィックデザイン界を代表するデザイナーを起用。企業広報誌においては「企業の紹介」、「製造技術の紹介」、「自社製品の紹介」だけではなく、「日本の文化の紹介」という要素も重視していました。この方針は、創業者のひとりである瀬底の「三笑主義」(注5)に拠っています。

広報誌は「発行する企業(クライアント)」、「企画編集に携わる制作者(クリエイター)」、「読者」の三者がともに喜ぶことが重要であるというのが「三笑主義」です。冊子のすべてが企業の紹介では読者は喜ばず、企業情報の掲載がなくすべてが文化やエンターテインメントでは企業が出す意味がなく、企業と読者の満足だけを考えているとクリエイターの創造性は発揮されない、という発想です。

この方針は今も変わらず、企業が社会と向き合う姿を洗練された編集とデザインで紹介するための、優れたクリエイターのネットワークが当社のコンテンツデザイングループの財産となっています。


創業以来の編集方針、日本の文化や社会を海外へ発信するスタイル確立

日本の文化や社会を海外に発信するという創業以来の方針は、1970年代の二つの国際博覧会と国際会議を通じてコスモの編集の一つのスタイルとして確立されました。

1974年、米国ワシントン州スポケーンで開催された国際博覧会の日本館に訪れるVIP用に日本の文化を紹介する小冊子の制作を当時のクライアントだった日本貿易振興会(現・日本貿易振興機構、JETRO)から依頼されました。瀬底の企画による『The Rice Cycle』(ライスサイクル:米の日本史)は田中一光(注6)のアートディレクションを得て、日本の四季の衣食住の文化を石元泰博(注7)の写真や、横尾忠則のイラストレーションなどで構成したものです。B5サイズ、110頁のCoffee table bookと呼ばれるビジュアルを中心としたこの本は「日本文化の教科書」と絶賛され、その後の国際博覧会の出版物の原型(注8)となりました。

さらに1979年に米国コロラド州アスペンで開催されたアスペン国際デザイン会議で配付する小冊子を日本国際交流センターの準備委員会から依頼され、生まれたのが『The I-Ro-Ha of Japan』(日本のいろは)でした。日本の文化を特徴づける事象から、いろは48文字の頭文字をもつ事象を選び、写真と文章で解説するというビジュアルブックが制作され、世界中の参加者に好評を博しました。

The Rice Cycle
<『The Rice Cycle
(ライスサイクル:米の日本史)>
The I-Ro-Ha of Japan
<『The I-Ro-Ha of Japan
(日本のいろは)>

この2つの日本文化紹介誌の成功を礎に、日本の文化を紹介する海外向け企業広報誌の制作が当社の主力サービスとして展開されることになっていきます。


コンテンツデザイングループの最新事例をCOSMOホームページで公開

コスモではこの度、ホームページでコンテンツデザイングループの事例を公開しました。
1964年から60年以上続く竹中工務店の季刊広報誌『approach』の紹介をはじめ、英文のニュースレターであるキッコーマンの『food forum』日本電気硝子の『70周年記念誌』をご紹介しています。

1960年の創業以来、積み重ねてきた当社の編集理念を核として、それらがさまざまなプロジェクトでどのように活かされているか、その作品の一部を紹介していますので、是非ご覧ください。また、企業広報誌などコンテンツ制作についてさらに詳しくお知りになりたい方は、当社のコンテンツデザイングループまで、お気軽にお問い合わせください。

※次回のニュースレターでは、企業のフィロソフィーをより魅力的に見せる当社の編集・制作についてご紹介します。


■注釈
(注1)佐藤啓一郎 1930-1980。禅宗の布教のため渡米した父親のもとで育つ。ロサンゼルスの邦字新聞『羅府新報』に勤務しながら南カリフォルニア大の大学院で学ぶ。1957年松田と結婚。
(注2)松田妙子 1927-2019。1954年南カリフォルニア大学のテレビマスコミ科に留学。父親は衆議院議長を務め、ベトナム戦災孤児を支援した社会活動家・松田竹千代(1988-1980)。
(注3)瀬底恒 1922-2008。青山学院大学卒業後、通訳として勤務。1952年渡米。南カリフォルニア大学大学院で日本文化の西洋への影響について研究。叔父は民藝運動の中心となった柳宗悦(1889-1961)。
(注4)LIFE 1936年米国で創刊されたグラフ誌。フォトジャーナリズムをリードしたが、2007年休刊。
(注5)三笑主義 近江商人の「三方よし」という、江戸時代の経営哲学に擬え、瀬底が編集者のあるべき姿としていた基本姿勢。
(注6)田中一光 1930-2002。グラフィックデザイナー。京都市立美術専門学校卒業、東京五輪メダルデザインやセゾングループのCI、無印良品の立ち上げなどを手がけ、琳派のような平面構成と色彩で世界的に活躍。1994年紫綬褒章。2000年文化功労者。
(注7)石元泰博 1921-2012。サンフランシスコ生まれ。日系2世。桂離宮など日本の伝統建築にモダニズムを見出した建築写真群で知られ、国際的にも高い評価を得ている。1983年紫綬褒章、1993年勲四等旭日小綬章、1996年文化功労者。
(注8)「国際博覧会の出版物の原型」 1960世界デザイン会議の事務局長を務め、大阪万博、沖縄海洋博などのプロデューサーだった都市プランナーの浅田孝の回想から。

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企業のフィロソフィー(理念)を形にする
~コンテンツデザインの編集方針とその実践~
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