Content Design

COSMOのレガシー(1)
企業のフィロソフィー(理念)を形にする
~コンテンツデザインの編集方針とその実践~

コスモは1960年の創業以来、PR業界のパイオニアとして、日本における戦略的な広報/PRの確立に尽力してまいりました。現在はヘルスケア領域を重点分野に据えて、多くの企業・団体のコミュニケーション活動を支援しています。

今号では当社の創成期を振り返りつつ、今も継承されるコンテンツデザインの編集方針とその実践についてご紹介いたします。また、この度新しく当社のホームページに追加したコンテンツデザイン関連の事例紹介ページについてもお知らせします。


南カリフォルニア大学同窓、3人のCOSMO創業者

米・南カリフォルニア大学(USC)同窓の3人、日系新聞社に勤めていた佐藤啓一郎(注1)、米国三大放送局の一つ「NBC」のプロデューサーとして活躍していた松田妙子(注2)、そしてUSCの大学院で文化史を研究していた瀬底恒せそこつね(注3)は、1960年、当時日本ではまだ知られていなかった「パブリック・リレーション(PR)」という、企業によるコミュニケーション活動を支援することを業とする会社を設立しました。

その頃、日本は経済も上向き始め、欧米向けの工業製品などの輸出が始まっていましたが、留学を通して米国では日本の負のイメージが依然大きいことを痛感した3人は、海外での日本企業のイメージ向上を目的としたPR活動(海外広報)をさまざまな企業に提案し、展開していきました。

松田妙子、佐藤啓一郎、瀬底恒


PR黎明期の編集ビジネスを確立

企業広報の手法として、日本では新しい概念であった、いわゆるパブリシティビジネスを発展させたのは佐藤啓一郎、広報活動全体の企画プロデューサーとしての手腕を発揮したのが松田妙子、企業広報誌などの編集ビジネスを確立したのは瀬底恒でした。

その編集ビジネスの一つが、日立製作所に提案した世界的な写真家ユージン・スミスによる日立の工場とそこで働く人々、港や町並みの撮影とその写真の米国の写真誌『LIFE』(注4)への掲載でした。松田の得意とする大胆な発想を佐藤がパブリシティビジネスとして成立させ、1963年に、瀬底により写真集『Japan… a chapter of image』(日本 そのイメージの一章)としてまとめられました。

米国の写真誌『LIFE』、日立製作所発行の写真集『Japan... a chapter of image』
<米国の写真誌『LIFE』、日立製作所発行の写真集『Japan… a chapter of image』>

70年代、80年代にかけて、コスモでは日本企業が海外進出するための広報ツールの編集制作を中心にビジネスを展開。1964年から続く、竹中工務店の季刊広報誌『approach』もその一つです。


「三笑主義」の編集方針でCOSMO独自のクリエイターネットワーク築く

コスモは創業当時から写真とデザインがもつ力を大切にしています。制作物のアートディレクションには当時のグラフィックデザイン界を代表するデザイナーを起用。企業広報誌においては「企業の紹介」、「製造技術の紹介」、「自社製品の紹介」だけではなく、「日本の文化の紹介」という要素も重視していました。この方針は、創業者のひとりである瀬底の「三笑主義」(注5)に拠っています。

広報誌は「発行する企業(クライアント)」、「企画編集に携わる制作者(クリエイター)」、「読者」の三者がともに喜ぶことが重要であるというのが「三笑主義」です。冊子のすべてが企業の紹介では読者は喜ばず、企業情報の掲載がなくすべてが文化やエンターテインメントでは企業が出す意味がなく、企業と読者の満足だけを考えているとクリエイターの創造性は発揮されない、という発想です。

この方針は今も変わらず、企業が社会と向き合う姿を洗練された編集とデザインで紹介するための、優れたクリエイターのネットワークが当社のコンテンツデザイングループの財産となっています。


創業以来の編集方針、日本の文化や社会を海外へ発信するスタイル確立

日本の文化や社会を海外に発信するという創業以来の方針は、1970年代の二つの国際博覧会と国際会議を通じてコスモの編集の一つのスタイルとして確立されました。

1974年、米国ワシントン州スポケーンで開催された国際博覧会の日本館に訪れるVIP用に日本の文化を紹介する小冊子の制作を当時のクライアントだった日本貿易振興会(現・日本貿易振興機構、JETRO)から依頼されました。瀬底の企画による『The Rice Cycle』(ライスサイクル:米の日本史)は田中一光(注6)のアートディレクションを得て、日本の四季の衣食住の文化を石元泰博(注7)の写真や、横尾忠則のイラストレーションなどで構成したものです。B5サイズ、110頁のCoffee table bookと呼ばれるビジュアルを中心としたこの本は「日本文化の教科書」と絶賛され、その後の国際博覧会の出版物の原型(注8)となりました。

さらに1979年に米国コロラド州アスペンで開催されたアスペン国際デザイン会議で配付する小冊子を日本国際交流センターの準備委員会から依頼され、生まれたのが『The I-Ro-Ha of Japan』(日本のいろは)でした。日本の文化を特徴づける事象から、いろは48文字の頭文字をもつ事象を選び、写真と文章で解説するというビジュアルブックが制作され、世界中の参加者に好評を博しました。

The Rice Cycle
<『The Rice Cycle
(ライスサイクル:米の日本史)>
The I-Ro-Ha of Japan
<『The I-Ro-Ha of Japan
(日本のいろは)>

この2つの日本文化紹介誌の成功を礎に、日本の文化を紹介する海外向け企業広報誌の制作が当社の主力サービスとして展開されることになっていきます。


コンテンツデザイングループの最新事例をCOSMOホームページで公開

コスモではこの度、ホームページでコンテンツデザイングループの事例を公開しました。
1964年から60年以上続く竹中工務店の季刊広報誌『approach』の紹介をはじめ、英文のニュースレターであるキッコーマンの『food forum』日本電気硝子の『70周年記念誌』をご紹介しています。

1960年の創業以来、積み重ねてきた当社の編集理念を核として、それらがさまざまなプロジェクトでどのように活かされているか、その作品の一部を紹介していますので、是非ご覧ください。また、企業広報誌などコンテンツ制作についてさらに詳しくお知りになりたい方は、当社のコンテンツデザイングループまで、お気軽にお問い合わせください。

※次回のニュースレターでは、企業のフィロソフィーをより魅力的に見せる当社の編集・制作についてご紹介します。


■補足
(注1)佐藤啓一郎 1930-1980。ロサンゼルスの邦字新聞『羅府新報』に勤務しながら南カリフォルニア大の大学院で学ぶ。1957年松田と結婚。
(注2)松田妙子 1927-2019。1954年南カリフォルニア大学のテレビマスコミ科に留学。
(注3)瀬底恒 1922-2008。青山学院大学卒業後、通訳として勤務。1952年渡米。南カリフォルニア大学大学院で日本文化の西洋への影響について研究。叔父に柳宗悦。
(注4)LIFE 1936年米国で創刊されたグラフ誌。フォトジャーナリズムをリードしたが、2007年休刊。
(注5)三笑主義 近江商人の「三方よし」という、江戸時代の経営哲学に擬え、瀬底が編集者のあるべき姿としていた基本姿勢。
(注6)田中一光 1930-2002。グラフィックデザイナー。京都市立美術専門学校卒業、東京五輪メダルデザインやセゾングループのCI、無印良品の立ち上げなどを手がけ、琳派のような平面構成と色彩で世界的に活躍。1994年紫綬褒章。2000年文化功労者。
(注7)石元泰博 1921-2012。サンフランシスコ生まれ。日系2世。桂離宮など日本の伝統建築にモダニズムを見出した建築写真群で知られ、国際的にも高い評価を得ている。1983年紫綬褒章、1993年勲四等旭日小綬章、1996年文化功労者。
(注8)「国際博覧会の出版物の原型」 1960世界デザイン会議の事務局長を務め、大阪万博、沖縄海洋博などのプロデューサーだった都市プランナーの浅田孝の回想から。

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