PFAS(ピーファス)という物質をご存知ですか? PFASは、人工的につくられた有機フッ素化合物の総称です。水や油をはじき、熱、薬品、紫外線に対して強い耐性を持つことから、撥水剤・乳化剤・消火剤・包装材表面加工など、様々な用途に幅広く活用されています。その一方、高い安定性を持つがゆえに、自然界に放出されるとほとんど分解されることなく残留し続けることから、「永遠の化学物質」とも呼ばれています。PFASの一部について、長期的な体内曝露によりヒトの健康を損なうリスクが高いことが判明しています。近年では米国や欧州を中心に、より厳しい規制を進めようとする動きも加速しています。今回のニュースレターでは、京都大学大学院医学研究科・環境衛生学准教授の原田浩二先生に、PFASに関する基礎知識、PFASをめぐる国内外の動き、ヘルスケア産業に求められるPFASに対する取組みなどについてお伺いしました。【原田先生の略歴は、後掲を参照ください】
様々な製品や製造工程に利用されているPFAS
――PFASとはどのような物質なのでしょうか?
PFASは、有機フッ素化合物の総称です。4,700以上(一説には1万以上)の種類があると言われており、その中には、人体に健康被害をもたらすリスクが高いものも含まれます。米国アカデミーは現在、7種類のPFASについて、健康被害のリスクが高いと指摘しています 1。PFASを利用した製品には、水や油をはじき、熱や紫外線にも強いという特性もあることから、1940年代以降、様々な産業で製造工程や最終製品に使用されてきました。
具体的には、撥水剤、表面処理剤、乳化剤、消火剤、コーティング剤といった用途のほか、様々な工業製品や、その製造工程で利用されています。身近な存在では、熱と油に強い特性を活かして、たとえば焦げつきにくい加工がされたフライパン、ハンバーガーやフライドポテトの包装紙にも使用されています。医薬品や医療機器の一部にも使用されており、ヘルスケア産業においても例外ではありません。
――なぜPFASが問題視されているのでしょうか?
PFASは、物質として安定しているため、一旦環境中に放出されると、分解されずに残存し続けるという特性があります。そのため、あまり学術的とはいえませんが、海外ではよく「永遠の化学物質」とも呼ばれています。人体でも分解できないため、水道水や土壌、農産物、魚介類などを通じて体内に取り込まれると、全てが体外に排泄されるまでには、長い年月が必要であるものもあります。
PFASの人体への影響が注目されるきっかけとなったのは、1990年代後半、米国で起こされた住民集団訴訟でした。長年にわたりフッ素樹脂加工製品を製造していた工場が、PFASの1種であるPFOA(ペルフルオロオクタン酸)による地下水汚染と土壌汚染を引き起こしているとして地域住民に訴えられ、裁判により2003年に和解。その和解条件の1つとして、地域住民に対する健康調査がおよそ10年間にわたって実施されました。調査の結果、脂質異常症、甲状腺疾患、妊娠時高血圧症候群、出生時体重の低下、腎臓がんおよび精巣がんのリスクが高まることが判明。後に世界各地でも調査が行われ、同様のリスクが確認されました。
――すると水道水から摂取する可能性が高いのでしょうか?
状況によっても異なります。地下水が汚染されている場合は、当該地域の水道水から摂取する可能性が高いと思われます。仕事柄、日常的にPFASを含む物質を扱う人も、曝露されやすいといえます。汚染された土壌で育った作物、汚染された湖沼から採取した魚を食べることでも摂取している場合があります。いずれにせよ、人体への影響は、摂取してすぐに中毒症状を引き起こすようなものではなく、長期的なものである点を理解して、行動する必要があると考えます。
世界各地で規制が始まっている
――各国はどのようにPFASへの対応をしているのでしょうか?
世界的に見ると、まずは米国や欧州を中心に、健康被害対策として水質規制が始まりました。日本では厚生労働省が2020年に、PFASの中でも特に健康被害が懸念されるPFOAとPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)について、飲料水1リットル当たり50ナノグラムという暫定目標値を設定 2。現在では多くの市町村が、水道水におけるモニタリング調査を実施しはじめています。米国においては、2023年3月に、飲料水1リットル当たりPFOA:4ナノグラム、PFOS:4ナノグラムという非常に厳しい強制力のある規制値案が公表されました。
一方、血液中のPFOA、PFOS濃度は、曝露をなくせば、3年から5年で半減することもわかっています。PFOAとPFOSについて、国際条約で製造・使用・輸入が禁止され、世界的にも規制の動きが進み、企業各社も自主規制を進めた結果、日本でも多くの地域で住民の血液中のPFOA/PFOS濃度が一時よりも低下傾向にあることが判明しています。ただし、一旦汚染された地域では10年、20年と長期にわたって残留することから、住民の血中濃度が高い地域が最近になって明らかになるなど、「未だに地域差が大きく、濃淡がある」のが現状です。
――血液検査は誰でも受けることができるのですか?
一般的な臨床検査は、血中のPFAS濃度測定に対応していません。検査は質量分析装置を用いるため、1検体当たり数万円と、非常に高額であることもネックとなっています。当然、個人で行うには相当な負担です。米国でも血中濃度に対するガイダンス(前述の米国アカデミーによるもの)は発表されていますが、一般的に広く血中濃度を検査するインフラは整備されていません。逆にいえば、従来の免疫反応を用いた簡便な測定方法が確立されれば、大きなイノベーションとなるでしょう。
――血中濃度が高いことが判明した場合、何かできることはあるのでしょうか?
現時点では、体内に摂取したPFASの分解を促進するような医薬品はなく、積極的に体外排泄を促すような治療(アフェレーシスなど)も推奨されていません。その一方で、長期的な曝露によって発症リスクが高まる疾患(脂質異常症、甲状腺疾患、妊娠高血圧症候群、出生時体重の低下、腎臓がんおよび精巣がん)はすでに示唆しています。2022年8月に発表された米国アカデミーのクリニカル・ガイダンスでは、「PFASの血中濃度が高い人については、これらの疾患の発症リスクが高いことを念頭に、診療・治療を行い、曝露を低減する対策を行う」ことを推奨しています。日本でも、住民の血中濃度が高い地域では、外来診療を設けるなどの動きも生まれていますが、基本的な治療方針は、その疾患における通常の治療方針と変わりありません。
ヘルスケア産業に求められるPFAS対策とは
――ヘルスケア産業がどのように取組むべきか教えてください。
医薬品や医療機器などのヘルスケア産業においても、たとえば製造工程においてPFASを利用している事例があります。フッ素は、医薬品の安定性・有効性を調整する上で重要な物質であり、中にはPFASに該当する構造を含む医薬品もあります。勿論、PFASの全てが健康被害を引き起こすリスクを有するわけではありません。また、現時点においてPFASと置き換えられる代替物質がないケースもあります。ヘルスケア産業としては、環境に放出しないよう製造工程を管理し、製造に必要不可欠な場合や最終製品に使用する場合にはリスクとベネフィットをしっかりと評価し、利用しているPFASの安全性を証明した上で、消費者に情報を公開して理解を得るという姿勢と戦略が必要でしょう。
さらなる規制の動きも進んでいます。たとえば、欧州化学物質庁(ECHA)は、2023年2月に「一定期間の猶予の後、全てのPFASの製造・上市・輸入を制限する」という強力な規制案を公表しました 3。猶予期間は18カ月。医療機器については必要が立証されれば特例として、さらに5年間または12年間の猶予期間が用意される予定です。提案通りの内容で採択されるかは不透明ですが、グローバル市場で活躍するヘルスケア企業においては、規制の動きを先取りし、今後は「代替物を確保し、できる限りPFASフリーを目指す」という選択肢も検討すべきでしょう。
――私たちはこれから、PFASの問題にどのように向き合うべきでしょうか?
PFASをめぐる問題はいまだ実態解明の途上にあります。繰り返しになりますが、その全てが人体に健康被害をもたらすリスクを有するわけではありません。しかし、世界的には「4,700種類以上におよぶ全てのPFASの有害性が解明するまで、待っているわけにはいかない」との考えから、規制が先行しているのが実態です。事実、欧米では、少量であっても健康被害のリスクが生じる可能性が判明した後、飲料水PFOA/PFOS濃度の上限値が大きく引き下げられました。私たち個人では、例えば、水道水のPFOA/PFOSの含有量を住んでいる各市町村のウェブサイトでチェックしたり、水道水が心配であれば簡単な浄水カートリッジを使ったりもできるでしょう。しかしながら、環境に関する問題を個人で変えていくことは難しく、行政による対応も必要となります。私たち一人ひとりがこの問題に関心を持ち、正しく理解し行動することが大切でしょう。
原田浩二先生 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康要因学講座 環境衛生学分野准教授
京都大学薬学部卒業。医学研究科博士後期課程を経て京都大学博士(社会健康医学)を取得。京都大学大学院医学系研究科助教を経て2009年に准教授に就任。2023年より環境省PFASに対する総合戦略検討専門家会議委員を務める。 |
■原田浩二先生の研究ページ
https://plaza.umin.ac.jp/khh/index.htm
■コスモ・ピーアール ニュースレター
●日本における女性の健康~フェムテックがウィメンズヘルスに果たす役割を考える~
https://cosmopr.co.jp/ja/womens-health-in-japan-jp/
●日本における女性のメンタルヘルスの現状を考える~コロナ禍で増大した課題に、いかに対応するか~
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~メンタルヘルスに不調を抱えている人へのサポーティブな対応は重要です~
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~患者さん・医療関係者・製薬企業が共に行動する時代に~
https://cosmopr.co.jp/ja/solving-challenges-around-rare/
https://nap.nationalacademies.org/read/26156/chapter/2
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001017456.pdf
https://jp.reuters.com/article/europe-chemicals-pfas-idJPKBN2UH0VL