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環境とヘルスケア:気候変動がもたらす健康リスクを考える~ヘルスケア産業に求められる対応とは~

近年、気候変動に伴う気温上昇を原因とする健康被害が、急増しています。欧州では昨年、記録的熱波により、6万人を超える死亡者数を記録。アフリカでは、洪水や干ばつといった気候災害の急増に伴い、栄養状態の悪化と感染症の蔓延が懸念されています。日本も例外ではありません。環境省が運用する「熱中症警戒アラート」の発表回数は、毎年上昇を続けており、今年は運用開始以来、初めて1千回を突破。熱中症で救急搬送される人も、後を絶ちません。今回のニュースレターでは、筑波大学体育系名誉教授の本田靖先生に、気候変動がもたらす健康リスクと、私たちが知っておくべき知識、ヘルスケア産業に求められる対応などについてお伺いしました。【本田先生の略歴は、後掲を参照ください】

気候変動の影響を最も受けるのは「基礎疾患のある人」

――近年では、世界中で気候変動に関する様々な問題が指摘されています。気候変動と健康リスクについて、日本では熱中症が知られていますが、他にどのような健康リスクがあるのでしょうか?

気温上昇の影響としてまず挙げられるのは、死亡のリスクが高まることです。なかでも、何らかの基礎疾患のある人は、気温上昇の影響を受け易いことが判明しています。最近得られた知見によると、熱帯夜もまた、基礎疾患のある人の死亡リスクを高めることが判明しています。日中の気温上昇による猛暑だけでなく、夜になっても気温が下がらず、寝苦しい熱帯夜になることも、健康障害のリスクになり得るのです。それ以外にも、自殺や他殺も高気温の日に多いと報告されています。

気候変動の影響をより大きな視点で見ると、洪水、干ばつといった災害で人命が失われる他、PTSDやうつの症状が起こることもあります。農業生産が低下し飢餓の問題も発生します。先進国では、飢餓はなくても、例えば農業経営者が不作の影響で自殺するといったメンタルヘルスの問題も起こっていますし、長引く避難所での生活によって避難者の健康が損なわれ、脳卒中などによる致死的な疾患リスクが押し上げられます。

このように、気候変動は色々なセクターに亘って大きな影響を与えます。その影響がまわりまわって最後は必ず健康にツケが来るという状況になっていると考えて良いと思います。

――様々な身体的・精神的影響があるのですね。その中で最も危険なリスクを抱えているのはどういう人でしょうか?

最も大きなリスクを抱えているのは、循環器疾患、呼吸器疾患、糖尿病など、基礎疾患のある人たちです。たとえば、心不全などの心疾患は直接の死因になりますし、呼吸器疾患があると、やはり心臓にも負荷がかかります。腎疾患も、気温上昇の影響を受けやすいことがわかっています。また、気候変動と気温上昇に伴うストレスによって、免疫機能が低下し、軽い夏風邪などにも感染・発症しやすくなると推察されています。現在では、新型コロナウイルス感染症の発症にも影響している可能性があります。

――気温上昇の影響を受けて、命を落とす人の傾向に関して教えてください

日本に限れば、今ではエアコンが各家庭及び職場に広く普及していることもあり、死亡リスク自体は徐々に低下しています。その一方で、今年の夏もそうでしたが、猛暑日の日数自体が増加しており、結果的に、基礎疾患のある人が猛暑で命を落とす数は、増加傾向にあると考えられます。

かつては、高齢者や基礎疾患のある人が、猛暑で命を落としても、それは死亡の短期的な前方シフト、いわゆる「弱者刈り取り効果」ではないかと考えられていました。しかし、わたしも所属する研究グループの発表によれば、気温上昇で落命した人は、もし気温上昇がなければ、少なくとも1年間は生存できたことが判明しています。気温上昇による健康被害は、決して数日程度の「刈り取り効果」ではないのです。

――熱中症のリスクについてはいかがでしょうか?

熱中症については、毎日多くの熱中症患者さんが救急搬送されている反面、死亡にまで至る割合は、意外と少ないと考えられています。ただし、基礎疾患がある場合、一般的な熱中症対策である「水分と糖分と塩分(電解質)を補給する」こと自体が、基礎疾患を悪化させる可能性があります。基礎疾患がある場合には、熱中症対策においても、きめ細かい対応を行う必要があることを理解しておく必要があります。

熱中症対策の基本は「適切なエアコンの使用と水分の補給」

――基礎疾患がある場合の熱中症対策について、もう少し具体的にお聞かせ下さい。

現在、広く知られている熱中症対策として、電解質を含む飲料(いわゆるスポーツドリンクや経口補水液)の利用があります。これらの飲料は、健康な人が適切に使用する分には特に問題はないのですが、たとえば糖尿病・高血糖患者さんや高血圧患者さんにとっては、糖分やナトリウムを含むこれらの飲料を常用することは、あまり適切とは言えません。利用者の背景や状況に応じて、きめ細やかな熱中症対策が要求されるのですが、この点については医療従事者を含めて、まだ十分には理解を得られていません。高血糖や高血圧がある場合の熱中症対策の基本は、適切なエアコンの利用と水分の摂取が中心になります。水分は、ただの水で大丈夫です。毎食きちんと食事をして、特にスポーツなどで大量発汗していないのであれば、ナトリウムの追加摂取は不要です。そして、エアコンは適切に使用して下さい。
本来、スポーツドリンクとは、その呼称が示すように、運動などで大量発汗した際に、体内から失われた水分を速やかに補給するための飲料です。たとえば、1日の大半を自宅で過ごす高齢者が、運動もしていないのに、自宅でこれらの飲料を常用すると、かえって糖分やナトリウムの過剰摂取となります。もともと日本人の食生活は、塩分摂取量が過剰なので、ナトリウムを追加摂取する必要はないのです。一方で、朝食抜きで出勤をしたり、サッカーなど激しい運動で大量発汗した場合は、スポーツドリンクなどを利用して、失われた水分とナトリウムを、きちんと補給する必要があります。その場合は、水より吸収性の高いスポーツドリンクが推奨されます。

蚊が媒介する感染症のリスクは今後も上昇

――気候変動という点で、感染症のリスクも増加するのでしょうか?

日本の場合、デング熱の原因であるデングウイルスを媒介するヒトスジシマカの生息域の北上が確認されています。2014年には、東京都内でもデング熱の小流行が確認されましたが、これは代々木公園などに生息するヒトスジシマカが媒介していました1。国立感染症研究所によると、ヒトスジシマカの生息地は、本州北端に達しています2。もし何も対策をしなければ、たとえば東北地方の夏祭りの会場で、デング熱の流行が起きても、おかしくはない状況です。したがって、蚊の駆除も重要な対策になります。

――蚊が媒介者となって流行が懸念される感染症は、他にもありますか?

同じく、ヒトスジシマカが媒介するウイルス性感染症に「チクングニア熱」や「ジカウイルス感染症」があって、同様に日本でも流行する可能性はあります。一方で、同じく蚊が媒介者として広く知られているマラリアや日本脳炎については、現代日本で大流行する可能性は、低いと思われます。特に日本脳炎については、栄養状態が良ければ、感染しても発病する人の割合が非常に低いことから、大きな問題にはならないでしょう。

――なぜ、いま感染症のリスクが高まっているのでしょうか?

まずは、気候変動により気温が上昇することに伴う、蚊の生息域の拡大が挙げられます。さらに人の移動も容易になったことで、海外から保因者が来日する可能性もあります。デング熱やチクングニア熱の発症地域である東南アジアから日本までは、たった数時間で渡航できます。事実、いま台湾南部の台南市では、デング熱の大流行が問題になっています。現在はインバウンド需要も増加していることから、観光客が自覚症状のない状態で入国して、日本で発症する事例もあり得ます。

ヘルスケア産業に求められる対応は「正しい知識と行動の普及」

――こうした問題に対して、ヘルスケア産業としてできることはあるでしょうか?

気温上昇については、医療関係者の方々にも「基礎疾患のある人は、気温上昇に伴い死亡リスクが高まる」という認識をもってもらうことが重要だと思います。たとえば、心不全患者さんの場合、水代謝の管理が非常に重要になるため、少し脱水状態になったからといって、水をたくさん飲んで頂くわけにはいきません3。したがって、基本的には大量発汗をしない状況を作ること、すなわちエアコンの適切な使用による室温管理が最も重要になります。こうした知識は、基礎疾患のある人だけでなく、多くの人に知られることが大切です。特に水分補給については、メディアなどでは「水分と電解質の同時補給」が強調されがちですが、実際には、人によってきめ細かい配慮が必要であることは、広く知られてほしいですね。

世界的な気温上昇や気候変動の原因である温暖化ガスの排出を抑制するという点では、化石燃料の使用を削減し、節電などによってカーボンニュートラルな世界の実現を、皆で考えることが重要です。一方で、現在の気温上昇は、もはや「災害」と呼んでも差し支えないレベルに達しています。だからこそ、暑い日は我慢せずにきちんとエアコンを使うことが大切です。一般的には、設定温度28度が推奨されますが、高齢者の場合は、基礎代謝が低下しているので、少し肌寒く感じるかもしれません。その場合は、若干高くしても構いません。また、エアコンの設定温度と実際に自分がいる場所の温度は異なります。大切なことは、実際に生活している場所の温度を確認して、推奨温度にとらわれずに、過ごしやすい設定に変えて下さい。このような正しい知識と行動を普及させていくうえで、ヘルスケア産業が力を発揮できる余地は大きいと考えます。

また、メンタルヘルスに対する影響に対しては、精神的な不安定を招き、自殺や他殺の増加といった形で出現することもあります。その場合、薬剤である程度軽減することも大切です。ただし、一部の抗不安薬(マイナートランキライザー)の中には、依存性の問題があるため、連用すると、後に離脱症状が発生することもあります。依存性の低い抗不安薬の開発も、ヘルスケア産業に期待したいことの1つです。

――気候変動と死亡・増悪との関係は、データ上でも証明されているのでしょうか?

気候変動と死亡との因果関係は、すでに統計が何十年分もあるので、はっきり証明されています。一方で、疾患との因果関係を調べるために用いる診療報酬明細書(レセプトデータ)は、研究に利活用する際のハードルが高いことなどから、利用しづらいのが現状です。より利活用しやすくするために、ルールや基準を見直していくことも課題だと思います。

――わたしたち自身が注意すべきこと、取り組むべきことはあるでしょうか?

熱中症の重症度のうち、最も軽い症状に、めまいと筋硬直(こむら返りなど)があります。こうした症状がある時は、すぐに涼しい場所に移動して、身体を休めて下さい。この場合は、水分補給も必須ですし、筋硬直には塩分摂取も有効です。さらに嘔気・頭痛がある場合は、すぐに医療機関を受診するか、医療機関に相談して下さい。周りに同様の症状の人がいたら、注意をしてください。当然ですが、意識障害の状態にまで達していたら、すぐに救急車を呼ぶべきでしょう。命を守るためには、正しい知識と行動が大切です。特に基礎疾患のある人の対策については、医療関係者を含め、多くの人に知ってもらいたいと思います。

本田靖先生 国立環境研究所気候変動適応センター 客員研究員、長崎大学客員教授、筑波大学名誉教授

東京大学医学部卒業。同大助手を経て、国立公衆衛生院研究員、アラバマ大学バーミンガム校、国立環境研究所などで研究員を歴任。1998年に筑波大学助教授に就任。教授を経て、2020年から現在の同大名誉教授に至る。筑波大学在任中は、気候変動に関する政府間パネルの第4次および第5次報告書で、筆頭筆者を務めた。また、世界保健機関の専門家として、パラオ,ミクロネシア連邦、モンゴルなどで地球温暖化適応の援助を行う。

  

■気候変動と健康リスクに関する情報
●本田靖先生の研究ページ
https://researchmap.jp/read0162965

●日本WHO協会「気候変動と健康」
https://japan-who.or.jp/factsheets/factsheets_type/climate-change-and-health/

●厚生労働省「熱中症予防のための情報・資料サイト」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/nomou/

●A-PLAT:気候変動適応情報プラットフォーム
https://adaptation-platform.nies.go.jp/

●MCC Study関連論文のリンク
http://www.ag-myresearch.com/publications.html

コスモ・ピーアール ニュースレター
●日本における女性の健康
~フェムテックがウィメンズヘルスに果たす役割を考える~
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~メンタルヘルスに不調を抱えている人へのサポーティブな対応は重要です~
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●希少・難治性疾患の課題解決に向けたステークホルダー間の連携
~患者さん・医療関係者・製薬企業が共に行動する時代に~
https://cosmopr.co.jp/ja/solving-challenges-around-rare/

●環境とヘルスケア:PFASをめぐる動きを知る
~ヘルスケア産業は、この問題にいかに向き合うべきか~

https://cosmopr.co.jp/ja/healthcare-and-the-environment/


1 国立感染症研究所「代々木公園を中心とした都内のデング熱国内感染事例発生について」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-sp/2305-related-articles/related-articles-421/5449-dj4211.html
2 国立感染症研究所「ヒトスジシマカの分布域拡大について」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2522-related-articles/related-articles-484/9694-484r02.html
3 日本心臓財団「高齢者の心不全」
https://www.jhf.or.jp/check/heart_failure/13/
岩下裕司環境とヘルスケア:気候変動がもたらす健康リスクを考える~ヘルスケア産業に求められる対応とは~