「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」では、国内の患者数が5万人以下の疾患を「希少疾患」と定義しています。近年、日本を含む世界各地で患者団体を中心とした希少・難治性疾患に関する啓発活動が展開されており、製薬企業も積極的な情報提供や新薬開発に乗り出しています。着実に前進している希少・難治性疾患領域への取り組みですが、いまだ多くの課題が山積しているのも事実です。今回のニュースレターでは、「希少・難治性疾患領域における全ステークホルダーに向けたサービスの提供」を目的として活動を続ける特定非営利活動法人ASrid(アスリッド)の西村由希子理事長に、今日の希少・難治性疾患における課題と、わたしたちが目指すべき「ネクストステップ」についてお話を伺いました。【西村さんの略歴は、後掲を参照ください】
――14年目を迎える2023年「世界希少・難治性疾患の日」
希少・難治性疾患のより良い診断や治療による患者さんとその家族の生活の質の向上を目指して、毎年2月の最終日を「Rare Disease Day:世界希少・難治性疾患の日」と定め、世界中で様々な支援活動が展開されています。この支援活動は2008年にスウェーデンで誕生しました。日本は、この支援活動が誕生して3年目から参加し、14年目の今年はパネル展示や体験イベント、東京タワーのライトアップなどを行うほか、全国各地で様々な公認イベントも開催されています。
「希少・難治性疾患をめぐる環境はいま大きく変化している」
――希少・難治性疾患については、なかなか正しい理解が進まないという課題があります。
希少・難治性疾患については、多くの人たちが「かわいそうな人」「自分たちとは縁遠い世界の出来事」と考えているようです。しかし、希少・難治性疾患を発症する可能性は誰にでもあって、それは自分に起こることかもしれないですし、家族とか友人とか、身近な人たちに起こることかもしれない。だからこそ、多くの人たちに「希少・難治性疾患は遠い世界の話ではない」ということを知って頂くことは、将来の疾患の受容という意味でも大切だと考えています。「ゲノムの時代」に入って、特にその感を強くしています。例えば、今はがんパネル検査ができて、本当に希少ながんに対する分子標的薬も登場してきました。(個人差に基づく)ゲノム解析(により個別化医療)が進めば、将来間違いなく全ての疾患が希少になるということもあるでしょう。ですから、希少・難治性疾患だからと言って、変に区別や差別をする必要はないと考えるべきなのです。
――日本で第1回Rare Disease Dayがスタートした2010年当時と比べて、希少・難治性疾患を取り巻く環境は変わりましたか?
当時と比べると、日本の希少・難治性疾患を取り巻く環境は、大きく変化しました。当時は疾患について声高に語れる空気はなく、メディアに登場して堂々と声を上げることができる患者さん(スターペイシェント)は、わずかでした。カメラの前で、自身の疾患と悩みについて語る彼らの力強い姿勢は、希少・難治性疾患の存在を社会に知らしめたという意味で、重要な役割を果たしました。彼らの勇気ある活動があってこそ、今日の希少・難治性疾患を取り巻く環境があると思っています。
一方で、多くの人々は、スターペイシェント以外の希少・難治性疾患の当事者を知らず、結果として希少・難治性疾患のイメージが固定化されてしまった面も否めません。そこで私たちの活動では、毎年様々なタイプの患者さんたちを招聘して、ご自身の疾患について語って頂いています。その中には、言葉に詰まりながら懸命に説明してくれる「普通の人」も沢山います。そんな普通の患者さんの言葉を通じて、希少・難治性疾患が特別ではないことを知って頂きたいですね。
「希少・難治性疾患の患者さんの働き方における問題は、私たちの問題でもある」
――希少・難治性疾患をめぐっては様々な課題が存在しますが、国内では特に何が課題ですか?
希少・難治性疾患をめぐる課題は沢山あります(図表)。そして全ての課題において、解決策が全くないか、ほとんどないのが現状です。中でも、ステークホルダー間を結ぶ横のつながりは、以前はほとんど存在しませんでした。例えばイベントにしても、患者団体は患者団体だけで、製薬企業は製薬企業だけで実施するのが常でした。最近、とあるメディアセミナーで、希少・難治性疾患の患者さんとその主治医、そして治療薬を製造販売する製薬企業の役員が同席して講演するという場面がありましたが、こうした取り組みは、まだまだ少ないのが現状です。私たちは、なるべくオープンな形で、希少・難治性疾患について対話できる場を作ってきました。
コミュニティの中の異なるステークホルダー、一般の人々が集まり、「希少・難治性疾患の患者さんの悩みは、実は私たちと同じなんだ」「自分たちにできる事は何なのだろう」と考え、お互いにのりしろを伸ばして交わり合っていくことが大事だと思っています。
希少・難治性疾患分野の10の「ない」 ASrid ウェブサイトより
また「就労」は、希少・難治性疾患を取り巻く問題の中でも、重要な課題のひとつです。これまでの就労支援は「支援が必要な人たちに対して、彼らができる仕事を提供する」という視点による取り組みでした。しかし今後は「希少・難治性疾患の患者さんであっても一般の人と変わらない能力、あるいは優れた能力を持つ方がたを活用する」という取り組みも重要になると考えています。つまり、希少・難治性疾患の患者さんの中には、フルタイム勤務はできなくても、短時間で効率良く働き、素晴らしい仕事を成し遂げる人たちもいれば、オンラインで活躍できる人たちも沢山いるからです。また、働き方の問題は、これからさらに進む高齢化社会における高齢者の働き方を考える上で、わたしたち自身の問題でもあるはずです。
――「コロナ禍」によって、働き方も大きく変化しましたね。
オンラインを活用するという考え方は、間違いなく広まりましたね。疾患のある人に限らず、普通の人でも体調がすぐれない日は、オンラインで自宅作業に切り替えるという選択も可能になりました。疾患に関する勉強会も、大都市圏でしか開催できなかったのが、ウェビナーの登場で、遠方に住む人も参加できるようになって、地域間の格差の存在を改めて知る契機にもなりました。こうした変化は前向きに捉えています。一方で、オンライン環境に乏しい人が取り残されるなどの格差も生じており、そこは新たな支援が必要です。また、コロナ禍で人々が感じた緊張感、見えない恐怖感というのは、まさに希少・難治性疾患の患者さんが普段から抱えている気持ちと同じでした。そのことを、家族と初めて分かり合えた、共有できたのは、まさに「一筋の光明」といえるかもしれませんね。
「一人ひとりが希少・難治性疾患を知って自分の考えを持つことが大切」
――「適切な情報が患者さんに届かない」という課題も指摘されています。
これも大きな課題です。多くの患者さんは、希少・難治性疾患と診断を受けた時点で、ネットで自分の疾患を調べていると思われます。しかし、「難病情報センター」のようなサイトは、専門家が医療者に向けて発信する内容なので、直接的な表現も多く、ショックを受けて調べるのを止めてしまう人も少なくありません。私たちASridでは、希少・難治性疾患に関する情報のポータルサイトをウェブで公開しています 1。正しい情報のインデックスがあれば、さらに「知りたい」に進むことができます。「医学的に正しくて、わかりやすく、患者さんが必要な情報をどのように提供するか」という課題解決に向けた取り組みは、今後ますます重要になるでしょう。
――これらの課題に対してステークホルダーができることは何でしょうか?
希少・難治性疾患をめぐる環境の変化は、まさに過渡期に差し掛かっているといえます。特に製薬企業は、わたしたちの想像以上に、希少・難治性疾患に積極的にアプローチしています。活動を始めた当時は、製薬企業が希少・難治性疾患に取り組むのは、もっと先のことだと思っていました。しかし、こうした変化の速度に、肝心の社会構造が追い付いていません。例えば、最近は創薬研究に患者さんや市民が参画し、彼らの意見を反映させる手法が進んでいますが、規制当局がその取り組みを評価しない限り、その挑戦も単発で終わって、後が続かないでしょう。
さらに、患者さんの声を創薬に適切に反映させるには、製薬企業と患者さん、両者の適切なコミュニケーションのあり方も重要です。患者さんも、ただ自分たちの要求を押し通すのでは、健全なコミュニケーションとはいえませんし、彼らの意見を拝聴する、製薬企業側や医療者側も「患者さんの声を聞くとは、どういうことか」を学ぶ必要があります。そこはステークホルダー同士が連携して「トライアンドエラー」を重ねるしかありませんね。
――希少・難治性疾患をめぐる課題に対して「わたしたちができること」は何でしょうか?
希少・難治性疾患について知って、考えて、自分の意見を持つことが大切だと思います。事実、今年の「世界希少・難治性疾患の日」では、大学生が「私たちの県では、未だ希少・難治性疾患に関する啓発活動が展開されていないようなので、是非活動に参加させてほしい」と名乗り出たり、商店街が中心となって活動したり、県立図書館が希少・難治性疾患に関する書籍を展示したりと、従来のステークホルダーとは異なる人たちが、希少・難治性疾患について学び、進んで活動に参加し始めています。これらの動きは、誰かが仕掛けた結果ではなく、一人ひとりが自分で考えて行動をした結果だと思うと、感動を禁じ得ません。
そしてこの動きは、今後も拡大の余地があると考えています。より多くの人たちが、希少・難治性疾患をめぐる課題の存在を知って、自分のできることを考えて、発信すれば、日本の希少・難治性疾患をめぐる環境は、ネクストステップに進むだろうと確信しています。
西村由希子さん 特定非営利活動法人ASrid(アスリッド)理事長
明治大学理工学部卒業。明治大学大学院理工学研究科、東京大学理学系研究科博士課程を経て、東京大学先端科学技術研究センターに入局。産学連携や技術移転などを研究する。2014年に特定非営利活動法人ASridを設立。その2年後に理事長に就任する。
■希少・難治性疾患に関する情報
●特定非営利活動法人ASrid(アスリッド)
https://asrid.org/
●Rare Disease Day(世界希少・難治性疾患の日)
https://rddjapan.info/
●RDD2023 in Japan(今年度の取り組み)
https://rddjapan.info/2023
■コスモ・ピーアール ニュースレター
●日本における女性の健康~フェムテックがウィメンズヘルスに果たす役割を考える~
https://cosmopr.co.jp/ja/womens-health-in-japan-jp/
●日本における女性のメンタルヘルスの現状を考える~コロナ禍で増大した課題に、いかに対応するか~
https://cosmopr.co.jp/ja/the-current-state-of-womens-mental-health-in-japan/
●女性のメンタルヘルス医療現場からの提言を聞く
~メンタルヘルスに不調を抱えている人へのサポーティブな対応は重要です~
https://cosmopr.co.jp/ja/womens-mental-health-advice/
“Strategic Translational Action for Empowering Patients”の略語で、「患者当事者・家族が自らの力を発揮するための戦略的な橋渡しを実施する」ことを目指している
https://www.step-rd.info/learning